「相手の出方を見て動く」という交渉の「常識」は実は間違っていた

交渉では「最初の数字」が
最終合意の鍵を握る

 
 
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企業買収の交渉も、報酬に関する交渉も、
中古車をめぐる交渉も、交渉では誰かが
最初の数字を出す必要がある。
それはあなたであるべきか、
相手の出方を見るべきなのか。
調査によると意外な真実が判明した。
 
 
アダム・ガリンスキー = 文
text by Adam Galinskyディプロマット = 翻訳
 
 

 こちらから口火を切るべきか否かという問題はネゴシエーターを悩ませる。不確実さが問題をさらに複雑にする。相手の実際の交渉ポジションに関する信頼できる情報がない場合、妥当と見なす提案と、交渉の席から立ち去りかねない提案を見きわめることができない。おまけに、相手が交渉優位に立とうとして、はったりの情報を出してくることもありえないことではない。

 専門家のなかには相手が口火を切るのを待つべきだと言う人もいるが、多くの心理調査が示唆するところでは、ファースト・オファーをするネゴシエーターのほうが概して有利な結果を得る。

アンカーの劇的な効果

 人間の判断についての研究によると、ある提案への評価は、交渉に関連のあるなんらかの数字が入ってくると、その数字に強く影響される。これらの数値は、人間の判断をその数値のほうに引き寄せることから「アンカー(錨)」と呼ばれている。曖昧さや不確実さが大きい状況では、ファースト・オファーは強いアンカー効果を持ち、交渉終了までずっと強い吸引力を発揮する。

 専門家ならアンカー効果を免れるだろうと、一般に思われているかもしれない。研究者のグレッグ・ノースクラフトとマーガレット・ニールは、この説を検証するため、複数の不動産業者に一軒の住宅を調べさせ、その鑑定評価額と購入価格を推定させた。二人の研究者はこの住宅の表示価格を操作して、一部の不動産業者には高いアンカーを、残りの不動産業者には低いアンカーを与えた。業者の出した額はすべて表示価格の影響を受けていたが、彼らは表示価格を判断に組み入れたことは認めようとせず、自分の出した額を正当化するように、その物件の特徴を並べ立てた。

 ドイツのヴュルツブルク大学心理学研究所のトマス・ムスワイラーらが行った調査でも、同様の結果が出ている。ムスワイラーらは複数の協力者に顧客役を頼んで、何カ所もの修理が必要な1台の中古車をドイツの整備士たちのところに持ち込んでもらった。協力者は、その車の価値についての自分の意見を述べたのち、整備士に「いくらで売れるか」と尋ねた。整備士の半分は顧客役から「この車は2800マルク前後で売れると思う」と告げられ、残りの半分は、「この車は5000マルク前後で売れると思う」と、高いアンカーを与えられた。高いアンカーを与えられた整備士のほうが、その車の価値を1000マルク高く査定した。

 この調査から明らかなように、アンカーは、自分はそのような影響は受けないと思っている人々の判断にさえ影響を及ぼす。だが、なぜそうなるのか。

 それは、交渉の対象になるアイテムが、どれもみなプラスの特性とマイナスの特性──高い価格を示唆する特性と低い価格を示唆する特性──を備えているからだ。高いアンカーはわれわれの関心を選択的にアイテムの長所に誘導し、低いアンカーはアイテムの欠点に誘導する。かくして、高い表示価格は不動産業者の関心を住宅のプラスの特性(広い部屋や新しい屋根など)に向けさせ、その一方でマイナスの特性(狭い庭や古い家具など)を彼らの頭の隅に追いやったのだ。

最初に提案をすべき状況はこんなとき

 ファースト・オファーをすることで、あなたは交渉を自分に有利なほうに引き寄せることができる。実際、ムスワイラーと私は、ファースト・オファーをするという行為が交渉優位をもたらすことを明らかにしている。われわれの共同調査では、交渉の最終結果は買い手と売り手のどちらがファースト・オファーをするかに左右されるという結果が出た。売り手がファースト・オファーをした場合、買い手がファースト・オファーをした場合より最終合意価格が高くなる傾向にあるのだ。

 ファースト・オファーをする可能性は、交渉の席でのネゴシエーターの自信と自分がその場を支配しているという意識に関係があることも、私自身の調査で明らかになっている。交渉の組み立てのまずさや他に選択肢がない状況のせいで力がないネゴシエーターは、ファースト・オファーをしたがらない場合が多い。力と自信は、ネゴシエーターをファースト・オファーへと導くので、よりよい結果を生む。さらに、より積極的な、もしくはより大胆な額を提示したときのほうが、オファーをした側にとってより有利な結果につながる。最初のオファーのほうがその後の譲歩行動よりも、最終合意価格を予示する指標として適しているのである。

 ただ、交渉対象のアイテムについて、あるいは関連の市場や業界について、相手のほうがあなたよりはるかに多くの情報を持っている場合は別だ。たとえば、リクルーターや雇用主は一般に求職者より多くの情報を持っている。しかしこれは、相手がファースト・オファーをしてくるまで手を拱いて待っていなくてはいけないということではない。むしろ、あなたがそのアイテムや業界について、あるいは合意以外の相手の選択肢について情報を集めて、同じ土俵にのるチャンスだ。

 ファースト・オファーはかなり積極的であるべきだが、突拍子もなく積極的であってはならない。多くのネゴシエーターが、積極的なファースト・オファーを出したら相手は交渉の席から立ち去ってしまうのではないかと恐れている。しかし、調査が示すところでは、この不安は概して取り越し苦労だ。むしろ、ほとんどのネゴシエーターが、積極性に欠けたファースト・オファーを行っているのである。

積極的な提案を恐れてはいけない

 あなたが売り手だとすると、より大胆なファースト・オファーはより高い最終合意価格につながる。そのうえ、積極的なオファーをすれば、あなたは譲歩する余裕を持つことができ、しかも譲歩しても他の選択肢よりはるかに好条件の合意に達することができる。

 積極的でないオファーをすると、あまり魅力のない二つの選択肢しか残らない。小幅の譲歩をするか、自分の要求に固守するかである。ネゴシエーターが交渉結果にどの程度満足するかは、相手から引き出す譲歩の数と大きさに大きく左右される。積極的なファースト・オファーを提示して、相手にあなたから譲歩を「引き出す」チャンスを与えることで、あなたはよりよい結果を得られるだけでなく、相手の満足度を高めることもできるのだ。

 積極的な(だが、常識的な範囲内の)ファースト・オファーを組み立てるにあたって、あなたが意識すべき価格が二つある。まず、合意に代わる選択肢を検討して、合意よりも交渉をとりやめたほうがいいと判断する「留保価格」を決定しよう。これで、自分の留保価格より上の合意ならどんな合意でも受け入れ、留保価格より下の価格ならどんな価格でもはねつける準備ができる。次に、その交渉でのあなたの望みや願いをすべて満たす「目標価格」を決定しよう。

 自分の留保価格を意識することはきわめて重要だが、ファースト・オファーを組み立てる際に注目すべき価格は目標価格である。ムスワイラーと私たちが行った調査によって、目標価格に注目した場合、そうしない場合よりも積極的なファースト・オファーを出し、最終的により有利な合意に達することが判明している。

 あなたのファースト・オファーが、相手を交渉の席から立ち去らせるほど大胆にならないようにするには、どうすればよいのだろう。相手の合意以外の選択肢に注目し、市場動向も踏まえながら相手の留保価格を見きわめればよいのである。研究者のジョン・エッシュとグレン・ホワイトは、最も望ましいファースト・オファーは相手の留保価格を超えたところにあって、なおかつ相手に本気にされなかったり、無視されたりするほど遠く離れていないところにあることを明らかにしている。

 目標価格に注目して積極的なファースト・オファーを提示する一方で、有利な合意をはねつけることのないよう、譲歩する心づもりもしておこう。そうすれば、譲歩してもなお有利な取引を勝ち取ることができ、相手も結果に満足するのである。

 
 

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