土壇場でウソに頼る「最悪」の方法はこうやって避けられる

困ったときにウソを
つかずにすむ五つの方法

 
 
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ウソをつくことは倫理に反する。
場合によっては法にも反する。おまけに、
戦略的にもマイナスな場合が多い。
ウソをつかないで自分の望むものを
手に入れるためにはどうするか。
 
 
ディーパック・マルホトラ = 文
text by Deepak Malhotraディプロマット = 翻訳
 
 

 大手消費財メーカーの部長ダニエルは、担当部署の詳しい予算要求書を提出するよう副社長から命じられている。ダニエルには予想コストを過大に見積もる動機がある。予算オーバーになったとき、予算にもともと多少の余裕が組み込まれていれば、会計年度の途中で予算の増額を願い出なくてもよいため、なにかと都合がよい。

 しかも水増し要求の誘惑に屈する部長はダニエルだけではない。そのため、各部の要求の合計額は会社全体の予算を上回ることになる。副社長は、各部が「本当はいくら必要なのか」をきちんと見抜けない。必然的に、必要以上の予算を与えられる部もあれば、十分な予算をもらえない部も出てくる。ダニエルは要求どおりの予算を獲得するが、当初の要求を正当化するために、余裕分を無駄遣いしてしまう。

 交渉でウソをつくべきではない理由はいろいろある。ウソをつくことは倫理に反するし、場合によっては法にも反する。そのうえ、戦略的にもまずい場合が多い。それでも、大きな利害が絡んでいる場合には、ウソをつきたいという気持ちが抗しがたいほど強くなることがある。ウソをつくことは、一方では倫理的ジレンマ──正しいことをするべきか、自分に最も利益になることをするべきか──を生む。それは同時に、戦略的ジレンマでもある。ウソから利益を得られても、そのウソがばれたら信用も利益も危うくなるからだ。

 複数の調査で明らかになったのは、大多数のマネジャーが交渉でウソをついたことがあり、事実上すべてのマネジャーが交渉相手にウソをつかれたことがあると思っていることだ。ネゴシエーターがウソを選ぶ理由は、さまざまであろう。

・相手の感情を害さないため、もしくは相手の顔を立てるため

・だまそうとしている相手から自分を守るため

・不当な扱いをされていると感じた場合に、対等な立場と公正さを取り戻すため

・利益を得る、もしくは損失を避けるため

 本稿では、もっぱら4番目のカテゴリーのウソ──倫理的ジレンマと戦略的ジレンマの両方がついてくるウソ──に焦点を当てる。このような意図的なウソでは、正しいことをするべきか、利益になることをするべきかという選択が最も明確な形をとる。そのうえ、ウソがばれたときは、単に個人的利益のためにウソをついたとみなされる場合が最も大きい。意図的なウソは倫理的に不快で、明らかにリスクを伴うため、道徳的に行動したいが交渉の席で身ぐるみはがされたくはないと思っているマネジャーのために、ウソに代わるどんな方法があるのか考えてみるのは意義のあることだろう。

ウソを免れる五つの方法

[1] 時間のプレッシャーに屈しない

 人が交渉でウソをつく理由で最も一般的なものを一つ挙げるとすれば、おそらく準備不足だろう。ネゴシエーターは不意をつかれたときにウソをつきがちで、予期していなかった厄介な質問に出合うとウソに頼ることになる。

 準備万端のネゴシエーター(どんな情報を教えて、どんな情報を隠せばよいかや、厄介な質問をどう切り抜ければよいかを事前に考え抜いているネゴシエーター)が、ウソに頼る必要がないのは当然のことだ。交渉が数度にわたるとか、オンラインで行われるといった場合には、時間のプレッシャーはさほど重要な問題ではない。したがって、複雑な交渉に備えて入念に準備するのが賢明だ。たとえば、複数の相手との交渉であれば、実質的な交渉に入る前に、仮の議題を決めるための電子メモを回すことを考えてみていただきたい。このような方法をとることで、他の交渉当事者に厄介な質問に対する準備をしてもらい、交渉の席で不意打ちをくらう回数を減らし、ウソをつく必要性を減じることができる。

[2] ある種の質問には回答を拒否する

 厄介な質問に出くわしたとき、「私にはその質問に答える権限はない」とか、「その質問に答えるのに必要な情報がそろっていない」と押し通すのは、理不尽なことではない。答えを持っていて、なおかつ答える権限がある場合でさえ、自分の知っていることをすべて教えるべきだ、などと思ってはいけない。投げかけられた質問のすべてに答えたいという衝動を抑えることで、無用なウソを減らせるのである。

 多くのネゴシエーターが、自分が相手の立場ならけっして答えないような質問をするということを忘れないでいただきたい。

 ウソに代わる方法として、求められた情報の一部だけを与えたり、さほど極秘でない情報の提供を申し出たりしてもよい。この対応はウソより倫理的に優れていて、戦略的にもリスクが少ないことに留意しよう。

[3] 交換の論理を採り入れる

 情報は通貨である。極秘データを教えてくれと相手が頼むのであれば、その相手はお返しに何か重要な情報を提供する用意がなくてはいけない。ここでとるべき戦略は、交渉の運び方を情報提供の論理から交換の論理──情報を受け取る側はそれぞれ現物でお返しをする、という共通の理解──に切り替えることだ。

 交換の論理は情報を正直に伝えることのリスクを減らしてくれる。お返しに貴重な情報がもらえることが期待できるからだ。たとえば建設会社は、コストに一定の率の金額を加算した額をクライアントが払ってくれるという保証と引き換えに、工事にかかるコストをすべて明らかにすることがある。交換の論理が制度化されていることもある。裁判に勝った場合にかぎって報酬をもらう契約をしている弁護士は、固定報酬の弁護士より平均するとたくさん稼いでいる。ひとつには次の理由がある。弁護士がどれだけの労力を投入するかは、クライアントにはほとんど把握できない情報だ。パフォーマンスに応じて報酬を払うようにすることで、クライアントは労力に関する真実の情報を「買う」のである。弁護士に、裁判に勝つために一所懸命働くモチベーションが生まれるからだ。

[4] ウソを本当にする

 弁護士のブライアンは、クライアントの代理人としてビジネス紛争の調停に臨む準備をしている。調停に先立って、ブライアンはクライアントに、「私の権限で譲歩できることを2、3の重要な問題に限ってほしい」と要請する。そうすれば調停人と話すとき、「この問題については私には譲歩する権限がない」と真実を述べることができるわけだ。

 この弁護士の場合、交渉の前に事実を変えることで、ウソへの誘惑を排している。ここには、より深いポイントがある。ウソをつきたいという気持ちは、たいていの場合、現実が自分の望んでいる状態と一致していないことを示している。そこから、他者に(さらには自分自身にも)現実を曲げて伝えるという行為が生まれるわけだ。現実を自分の望みに合わせて修正すれば、真実はもっと話しやすくなる。

[5] 未来の影を見据える

 ネゴシエーターは一般にひどく近視眼的で、現在の決定が将来に及ぼす影響を過小評価するきらいがある。今現在、目の前にある損得はきわめて大きく見え、そのためネゴシエーターは信頼で結ばれた長期的な関係を築くメリットを見落としやすい。相互の信頼を築くことに十分な関心を注がないネゴシエーターは、ウソをつく可能性がそれだけ高くなる。

 当然のことだが、人間は長らく付き合っている相手には、さほどウソをつかないものだ。しかし、ウソをつくことで危うくなるのは、過去ではなく未来なのだ。その意味で、過去が交渉の場にすこぶる長い影を落とすのに、交渉の当事者が未来の影にえてして気づかないのは実に興味深い。未来を見据えている人は、そうでない人よりはるかにやすやすと倫理的な行動をとることができる。とくに注目すべきは、そのようなネゴシエーターが、ウソをつくことに伴う倫理的・戦略的ジレンマを完全に超越していることだ。彼らは真実を述べることができ、しかもそうすることで利益を得ることもできるのである。

 
 

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