データから金脈を探す
心理統計学講座[1]

いま、心理統計学が注目される理由

 
 
平均貯蓄高、内閣支持率、就職人気ランキング、大学の偏差値ランキング、
顧客満足度調査等々、毎日多くの調査データが発表されています。
これらの膨大なデータを解析し、ビジネスに役立てるにはどうしたらいいのでしょうか。
本連載では、データ解析の第一人者が、
データの山から金鉱を掘り出す考え方を魅力的に解説していきます。
 
 
早稲田大学教授
豊田秀樹 = 文
text by Hideki Toyoda
とよだ・ひでき●
1961年、東京生まれ。1990年、東京大学大学院教育学研究科学位取得。教育学博士。2002年、日本心理学会優秀賞受賞。イリノイ大学心理学部客員研究員等を経て現職。専門は心理統計学、マーケティング・サイエンス。研究のあいまの映画鑑賞が無上の楽しみ。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashiライヴ・アート = 図版作成
 
 

心理学を学ぶと
人を思い通りに動かせるのか

『羊たちの沈黙』という1991年公開のサスペンス・ホラー映画には、アンソニー・ホプキンスが演じるハンニバル・レクターという天才的な心理分析家が登場する。殺人鬼でありながら紳士的な魅力をも併せ持つレクター博士は、獄中に居ながら猟奇殺人の心理捜査に協力し、犯罪者特有の心理を次々に推理する。人を舐め回すような視線、見開かれた瞳から放たれる鋭い眼光、品格と知性、そして狂気を湛えたレクター博士は、悠々と犯人逮捕に貢献する。その心理分析は感動的であった。しかし映画を見終わって冷静になると、以下のような矛盾を思い出して、筆者は思わず苦笑してしまった。

 剣道の腕前が五段で熱烈な時代劇ファンの友人がいる。彼は、悪人を華麗に切り伏せ、見事な立ち回りを見せてくれる桃太郎侍が大好きである。ところが当の彼自身は、速すぎてどちらが勝ったか素人にはぜんぜんわからない剣道の試合の判定が正確にできる。彼にとって桃太郎侍を演じる高橋英樹さんの殺陣は、明らかに遅く、無駄な動きが多いはずである。満足げにテレビを見終わった彼に「自分なら簡単に桃太郎侍を切れると思わないのか」と尋ねたことがある。

 その答えは「いくら強くても、何十人もの悪漢に囲まれて勝てるはずはない」とのことだった。そんな剣の達人は、実際にはいないことが明らかだからこそ気軽に楽しめる。同様に、犯罪者の動機を見事に推理する心理分析も不可能である。桃太郎侍もレクター博士も、世界中どこを探しても存在しない虚構である。映画を鑑賞しているとき、私は自分が心理学者であることを忘れ、世間の間違ったステレオタイプを受容した大衆のひとりとしてレクター博士を鑑賞することができる。剣道の有段者が時代劇の殺陣を面白いと思える心理と、心理学者である私が『羊たちの沈黙』の心理分析を感心できる心理にはこのような共通点がある。ところが、この先が違っているのである。

 殺陣の場合は、剣道の心得のない私も桃太郎侍が実在しないことを知っている。虚構は虚構として楽しまれているのでジレンマはない。しかし心理分析のほうは、実は世間から深刻な誤解を受けているみたいなのだ。「心理学者です」と自己紹介すると、次のようなやり取りをしばしば経験する。

「心理学を勉強すると、人の心が読めますか? 私が今何を考えていると思いますか?」

「いいえ心理学者は人の心なんて読めません。あなたが何を考えてるかわかりません」

「じゃあ、人を思い通りに操ったりできますか? 暗示かけたり、洗脳したり……」

「いいえ、そんなこと、まったく、ぜんぜんできませんから、安心してください」

「心理学って悩みも解決する学問ですよね。実は私、今悩んでいるんですけど……」

 どうやら世間は、レクター博士を虚構であると思っていない。心理学という学問は誤解されている。

 実は、大学にも、このような誤解をして心理学科に進学してくる学生が少なくない。特に、近年「カウンセラーになって人の悩みを解決したい」という動機を持って心理学科に進学する学生が多くなってきた。高等学校の教科書にフロイトとユングが紹介されているので、心理学とは、すなわち臨床心理学なのだと誤解するのも無理はないのかもしれない。

 しかしカウンセリングを勉強すると思っていた学生は、心理学科に入学後、面白くもない実験や調査や統計分析ばかりさせられることに気がつき「こんなはずではなかった」と不満を持つことが少なくない。当の学生にとっては不幸なことである。

「カウンセラー」と「高邁な人格者」は同義である

 心理学はサイエンスとアートという異質な領域から構成されている。サイエンスとしての心理学は、学習内容と教育方法が確立されているので一般的な大学教育になじみやすい。一方、カウンセリングに代表される臨床心理学はアートの部分が多く、個人の才能・才覚に依存する程度が高い。このため「りっぱなカウンセラーになるための方法」は、授業として、ほとんど成立しないのである。

 罪を犯した者の更生を助け、以後の再犯予防のためのカウンセリングをする保護司という仕事がある。悪の道に入りかけた少年を善の道に導いたり、対象者の更生のために身を粉にして援助するためには、カウンセラー自身が高邁で、社会的信望があり、時間的に余裕があって、生活が安定し、健康で熱意がなければとても務まらない。町工場を引退した社長、高名な小説家、悠々自適の篤志家、神父など、心理学とは無縁の経歴の保護司も少なくない。カウンセラーは、りっぱな人格者と同義といってもよい存在である(*1)。大学で文学を勉強しても必ずしも有名作家になれないのと同じように、大学で心理学を勉強しただけでは、りっぱなカウンセラーになどなれないのだ。

 それでは、大学におけるサイエンスとしての心理学は、一体、何をしてるのだろうか。心理学研究の主たる任務は人間心理の一般法則の発見である。筆者は次のように答えることにしている。工学部で航空工学を勉強しても、生身で空が飛べるようになるわけではない。F1のレーシングカーの設計者は、自分自身が時速400キロで走れるわけではない。大型船の設計者は太平洋を泳いで横断できるわけではない。それどころか泳げなくても船の設計はできる。サイエンスとしての心理学も同じである。話しべたでも、人間関係が苦手でも心理学者にはなれるし、卒業して社会に出たときに役に立つ知識を身につけられる。

膨大なデータから
利潤につながる知識を掘り出す

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「心理統計学講座」と題した本講座を担当する筆者たちは心理学を専攻しており、特に計量心理学(サイコメトリクス)とか心理統計学と呼ばれる分野を研究している(*2)。心理統計学は、臨床心理学・社会心理学・犯罪心理学・経営心理学など、その他の心理学の基礎となる学問であり、手段として利用される重要な分野なので、多くの大学の心理学科で必修科目に指定されている。

 心理統計学は心理的な数理モデルを開発・活用する学問分野であり、その名前からも類推できるように統計学の手法を多用する。同時に心理統計学は、統計学自体にも少なからず影響を与えてきた。そのひとつが、ニューラルネットワークや人工知能研究から派生したデータマイニング(data mining)という分野である。

 長いあいだ統計学は、データの持っている情報をいかに効率よく要約するかということに腐心してきた。「データは貴重であり、無駄なく情報を取り出そう」という倹約の精神といってもよい。しかしネットワークやセンサーが発達した今日、企業に押し寄せる膨大なデータをすべて分析することなどできなくなってしまった。また、苦労してデータをまとめ上げても、その知識は、多くの場合は常識にすぎず、利潤につながる知識にはならない。このため要約というビジネスデータ解析の基本コンセプトは変更を余儀なくされた。

 そこで登場したのがデータマイニングという考え方である。マイニングとは「採掘」という意味であり、データマイニングはデータの山から金鉱を掘り出そうとする。むしろ合理的にデータを捨てて、費用対効果を重視しようという思想を実践する。本講座では、心理統計学の視点から、ビジネスデータの解析に焦点を当て、心理統計学の応用可能性について解説していこうと計画している。表は、心理統計+マイニング関連の主要な発展を示した年譜である。次回以降の連載で話題になる分析法が含まれている。

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(*1)この部分は「『カウンセラー』とは『人格者』のこと」http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/guide-shitei.htmlを参照されたい。 (*2)豊田研究室のホームページは http://www.littera.waseda.ac.jp/faculty/tyosem/を参照されたい。

文献

[1]豊田秀樹 2001年『金鉱を掘り当てる統計学―データマイニング入門―』 講談社ブルーバックス

[2]マイケル・J.A. ベリー 1999年『データマイニング手法―営業、マーケティング、カスタマーサポートのための顧客分析』 海文堂出版

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