「怒り」の感情分析を
マネジメントに生かす

 
 
日本では、感情を健全に表現する職場環境をつくることに
関心をもつ企業はまだ少ない。
しかし、世界的に評価されている感情研究の第一人者は、
それができる企業こそが、社員の動機を高め、
最終的な利益も向上させうると指摘する。
 
 
サンフランシスコ州立大学心理学部教授 Ph.D.
デイビッド・マツモト = 文
text by David Matsumoto
でいびっど・まつもと●
1959年、ハワイ生まれ。ミシガン大学BA、カリフォルニア大学バークレー校MA、Ph.D。専攻・社会心理学。邦訳著書には、『日本人の感情世界』『日本人の国際適応力』ほか。柔道の指導者としても著名。国際柔道連盟公式研究員・六段。URL: www.davidmatsumoto.info
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi三木敦雄 = 翻訳
 
 

リーダーは部下の否定的な感情を
知るべきである

 日本の職場では、ほとんどの社員は、上司や同僚に対して、否定的な感情を自由に表さず、微笑によって自分の感情を隠しているように思える。これは必ずしも健全ではない。否定的な感情を抑えることは、不健全な結果を生むことがあり、動機、モラール、対人関係によい結果をもたらさないからである。日本では、従業員が就業時間後、アルコールを交えたおつきあいに一生懸命になるのも、この理由のひとつだ。

 日本人従業員に、「仮にできたらいいなと思うことはなにか?」と聞いてみると、上司に向かって自分の意見を自由に表現したり、あるいはいくぶん尊敬の念を示すために、微笑とともに表現したりできればよい、という答えが返ってくる。リーダー、上司、ボスは、「イエスマン」の一群に取り囲まれているよりも、部下の否定的な感情を知っておいたほうがはるかによい。感情やアイデアをストレートに建設的に示すことのできる会社は、ビジネスばかりでなく、従業員を教育できる組織としても、最先端を行っている会社だ。

 従業員が感情を表したいけれども、それができないでいるという情報は、会社、リーダー、トップ経営層にとっても有益で、企業文化を変革させて、より健全で生産性の高い職場環境に向上させていく手立てにもなる。だが、部下が感情を表せるようになるには、リーダーの側でも大きな力が必要である。ときには、リーダーがそうした内なる力をもっていないこともよくある。

 そうした力を得るためには、感情とは会社にとって、経済における通貨に等しいほど重要なものだということを忘れないでほしい。感情を上手に利用していただきたい。感情が妨げられ、抑圧され、効率的に流れないと、体から必要な栄養が奪われたような状態になってしまう。感情を表に出すことを絶えず抑圧してしまうことは、長い目でみても健全ではないのである。

 企業が成功するには、感情を表に出すことを認める健全なやり方を模索し、感情を賢明に利用する必要がある。これができる会社は、経営技法でも最先端にいるといってもよいだろう。そうなれば、従業員はいっそう満足し、動機にあふれ、業績も向上し、最終的な利益もアップするだろう。

 エモーション(感情)には大事な側面がいろいろあるが、なかでもいちばん重要なのは、感情の表現だ。感情表現は、当人がどう感じているのか、どう考えているのか、このさきどう行動するのかを、第三者に伝えるからである。また、その人自身についても重要な情報を伝えてくれる。人間の脳が、感情表現から受けとめた情報を神経にフィードバックして、さらに感情を補強しているからだ。つまり、感情表現は、人間が環境にどう対処しようとしているのかを示す、コミュニケーションや対話でいちばん重要なメッセージの一部になっている。

顔の表情に人の本音が表れることも

 人は、言語表現を使って感情を伝えることができるが、非言語表現によっても感情を伝えることができる。非言語活動とは、表情、声のトーン、沈黙の活用、ジェスチャー、視線、視覚による注目などである。この40年間の社会心理学の研究によって、対話で伝えられている感情のメッセージはほとんど、言語表現よりも非言語表現によることが突き止められている。

 私は長年、エモーションや異文化間コミュニケーションの研究を続けているが、なかでも「顔」の非言語活動というテーマが重要だと考えている。顔の表情は、気分が良いか不快なのかだけでなく、特定の感情を伝えているからだ。喜び、悲しみ、嫌悪、怒りなども伝えている。

 また、人は感情を伝える以外に、沈黙を調整するとか、発言の意味を補うなど、顔を独立した機能として利用している。人間の顔は、独立して動く40以上の筋肉グループから構成されている。このグループからは何千もの組み合わせができるので、文字どおり何千タイプの表情をつくり出すことができる。

 人間の顔の筋肉システムは、人間の体のなかでコミュニケーション・システムを最高度に統合したものであることは間違いない。そして、顔のもっているあらゆる機能のなかで、おそらく感情を表し伝えることが、最も重要な機能になるだろう。

 人類に「普遍する」顔の感情表現は、実は七つしかないことが、これまでの研究でほぼ定説になっている。普遍するという意味は、性別、種族、出身国にかかわらず、世界中でさまざまな文化をもった人々が表す「顔の感情表現」は同じだ、ということだ。

 つまり、全世界の人々は、みな生まれながらにして、こうした七つを表現する同じ能力をもっていることになる。年をとるにつれて、社会環境にもとづいて、人間はこれらの表現を操作するルールを学習していく。だから、もちろん社会状況の違ったところにいれば、感情を表す方法にも違いが出てくる。

 しかしながら、表情をコントロールしなければ、全世界の人々は、同じやり方で顔の表情を表している。この項では、こうした表情のひとつ、「怒り」を紹介してみよう。

 怒りは爆発的な感情であるが、役に立つ場合もある。たとえば、自分の健康状態に怒りをいだいて運動に精を出しはじめるとか、ライバルに怒りを感じて職場で効率を上げようという気持ちになることもある。あるいは反対に、怒りの感情によって、ものごとがぶち壊しになってしまう場合もある。人間関係の絆を壊すとか、攻撃的になるとか、社会的に孤立することもある。

 こうしたことがあるので、怒りはとくに危険な感情になってしまう。会社、家庭、社会では、この感情を適正に使い分けなければならない場合が多い。

強い感情を適正に使い分けるには

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「怒り」と同じ系統の感情には、苛立ち、葛藤、苦悩、激怒、憎悪などがある。もちろん、これらの感情を表す言葉には、少しずつ違いがあっても、どれもみな顔では同じ怒りの信号を表している。

 図を見ていただきたい。表情で怒りを伝えている場所は3カ所ある。(1)眉、(2)目、(3)口、である。

 人が怒っているときには、この3カ所に変化が見られる。眉は下がり、中央に向かって引き寄せられている。上瞼《まぶた》は持ち上がり、相手に敵意を抱いているような動きになる。それで怒ったときには、にらみつけるような表情になる。唇は内側に丸まり、しっかりと結ばれている。読者の皆さんは、こうした怒りの特徴が読み取れるか、ひとつひとつチェックしてみてほしい。

 怒りの表情は世界共通だが、そのなかにもいろいろな変形がある。上図の表情は、目を開いてにらんでいるが、下図では、瞼が緊張し、中央に寄っている。

 怒りはたいへん強い感情なので、怒りを抑えたり調整したりするのに苦労することもある。たとえば、図の人物はともに、口を閉じ、下唇が上唇を押し上げた形になり、顎《あご》のあたりに皺《しわ》が出ている。これは、怒ってはいるが、他人を傷つけるようなことは言うまいと我慢している場合に、起こる動きである。

 このような怒りをコントロールする方法は、動物が長い間の進化の過程で学習して身につけてきたことだろう。初期の段階では、怒りを感じたとたん、衝動的に「噛む」行動に出たはずだ。それが時代とともに後悔するような言動はしないほうがよいことが、わかってきたのだろう。

 とはいえ、口を閉じずに怒っている場合も、時にはある。口を開けたまま怒ることもあるし、言葉を発したり、叫んだり、歯を見せながら、怒ることもある。怒りを解き明かす信号は、唇を内側にすぼめたり、固く結んだりする点にある。非常に微妙だが、きわめて確実な信号だ。

 怒りの表情で、確実だがごく微妙な信号がもうひとつある。それは「組み合わせ」型で、眉は下のほうへ下がりながら、目の周りの筋肉が緊張したり上に上がったりする。ほんの一瞬怒ったときに、顔の上部に、この「怒りのフラッシュ」を見ることがある。

 ただし、この「組み合わせ」になっていない場合は、まず怒りを表していない。たとえば、眉を下および中心に寄せるのは、「集中」とか「疲労」の信号の場合もある。

 つまり、図のように、怒りを調整していない顔全体の表情であれば信号をとらえやすいが、いったん調整されコントロールされてしまうと、その信号がますます微妙になってしまう。これは、唇をきちんと結び、目/眉が上述のような「組み合わせ」型の場合もそうだ。

 このような動きがそれぞれ別々に発生する場合もある。信号全部が必ずしも同時に発生するとはかぎらないからだ。図のように、怒りが全面に表れているときは、だれでも他人の怒りを読み取ることができる。

 自分と他人の怒りの表情をどんな場合でも即刻読み取れるようになれるかどうかは、微妙な怒りのヒントをどれくらい突き止められるかにかかってくる。

 怒りの表情を抑えようとしても、本人の気づかぬあいだに、その信号が「漏れ出る」こともある。怒りを突き止める能力を高めるには、「漏れ出る」怒りの信号に気づく必要がある。

 感情表現に関する理解を深めて、これを賢明に利用し、会社組織の運営に生かしていただきたい。

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