「無料貸し出し」に見る
販売促進メカニズム

 
 
ある家電販売店で、高額商品の無料貸し出しをしたところ、
借りた顧客のほとんどがその商品を購入し、
売り上げが大幅にアップしたという。
なぜほとんどの顧客が買う気持ちになったのだろうか。
 
 
立教大学名誉教授
松井賚夫 = 文
text by Tamao Matsui
まつい・たまお●
東京大学文学部卒業。人事院勤務を経て、明治大学、立教大学、駿河台大学などで心理学、産業・組織心理学を講ずる。リーダーシップ、モチベーションに関する多数の研究を内外の学術雑誌に発表している。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashiライヴ・アート = 図版作成
 
 

プラズマテレビの
無料貸し出しを受けたら……

 さきごろ放映されたNHK教育テレビ『21世紀ビジネス塾』では、ある小都市の家電店のユニークな販売作戦が取り上げられていた(2004年、2月7日、「新商品がどんどん売れる家電店お試し作戦」)。

 その店では、家電製品の売り上げがよくないところから、空気清浄機、大型液晶テレビなど、一部の高額商品の家庭への無料貸し出しを行ったところ、借りた客のほとんどがその商品を購入し、売り上げが大幅にアップしたというものであった。

 この販売店が取った家電製品の貸し出し作戦には、店頭販売にはない、いくつかの強力な販売促進メカニズムが働いていたことが注目される。その一つは、それによって客はナマの商品知識を得、それが購買意欲を高めたことである。客(大部分は、ITに弱い中高年者)は、貸し出しを受けた機器を家で実際に自分で操作するうちに、その商品についてさまざまな知識を得、またその扱いに習熟したであろうことは想像に難くない。この種の知識や習熟は、店頭でのセールスマンの説明や、パンフレットからは得られないものである。

 また、貸し出しを受けている間に、その商品がすっかり生活の一部になって手放せなくなったことも、客の購入意欲を高めた一因であろう。それまでブラウン管テレビを見ていた家庭に、大型液晶テレビやプラズマテレビが置かれて、比較にならぬほどの鮮明な映像が映し出されると、もとのブラウン管テレビを見る気にはとてもなれず、結局、その商品を買い取ることになる。このようなことも、店頭販売には期待できないことである。

 こうしたことと並んで、見落とせないのは、客が家電店から受ける心理的プレッシャー、つまり家電店は客に「貸し」をつくっており、それが客に対する商品購入のプレッシャーになったことである。私たちは子供のころから、「人から好意や恩義を受けたら返せ」と教えられ、それをしない人は変人として世間からうとまれる。だから、大部分の客は、高価な商品を貸してくれた家電店へのお返しに、その商品を買い取らなければという気持ちになったのであろう。店頭販売にはこのような心理的プレッシャーが働く余地はほとんどなく、買うも買わぬも客の自由である。

 客への「貸し」が販売増進に役立つのは日本だけに限ったことではない。アメリカの心理学者リーガンは、つぎのような興味深い実験をしている(*1)。

 美術鑑賞という名目で行われたこの実験の被験者(エール大学新入生)は、もう一人の被験者(以下、実験協力者)とともにいくつかの絵画の評定を行ったが、実験は二つの異なった条件のもとで行われた。

 条件1では、実験協力者は、実験の途中の2分間の休憩時間に部屋を出ていき、コカ・コーラを2本手にして戻り、「コーラを買ってきた。君の分もあるよ」と言って1本を相棒の被験者に渡した。代金を払おうとする被験者がいても、「いいんだよ」と言って受け取らなかった。つまり実験協力者は被験者に小さな「貸し」をつくったのである。

 一方、条件2でも実験協力者は休憩時間に部屋を離れたが、何も手にしないで戻ってきた。この点以外は、二つの条件はまったく同じであった。

 すべての絵画の評定が終わったときに、実験協力者は相棒の被験者に「新車が当たる籤つきのチケットを売っているんだが、一番たくさん売った人には50ドルの賞金が出るんだ。だから、1枚25セントのチケットをできるだけたくさん買ってくれないか」と頼んだ。もしこの実験で、2分間の休憩時間中の「貸し」がチケットの販売促進に有効だったとすれば、チケットの売り上げ枚数は、条件1のほうが条件2よりも多いはずである。

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「借りがある」「印象がよい」どちらが強いのか

 図表1はチケットの売り上げ枚数を二つの条件について比べたものである。休憩中にコーラをもらった条件1(赤)では、合計45枚が売れた。つまりコーラを1本もらった学生たちは、そのお返しに、もらったコーラ(当時は10セント)の2倍以上もする1枚25セントのチケットを一人平均1.7枚も買ったことになる。被験者の中には、実験参加への謝金1ドル75セントを全部はたいて7枚も買った者すらいた。

 一方、コーラをもらわなかった条件2(青)では、24枚(一人平均0.9枚)しか売れず、売り上げは一人平均1枚にも満たなかった。

 セールスで成功するには、客に好印象を与えることが重要である。だが、リーガンの実験は、「貸し」の効果は、客のセールスマンに対する好印象の効果を帳消しにするほど強いことを示している。

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 リーガンは、実験協力者に対する被験者の好感度とチケットの購入枚数との相関関係を調べたところ、図表2が示すように、「貸し」がない条件2(青)では、両者の相関関係はr=0.46で、たしかに、相手への好感度が高いほどチケットの購入枚数も多かったが、「貸し」がある条件1(赤)では、相手に対する好感度とチケットの購入枚数の間には、ほとんど相関はなかった(r=0.14)。これは、「貸し」があるセールス状況では、客のセールスマンに対する個人的好感度のセールス促進効果が消えてしまうことを意味している。

「貸し出し作戦」のポイントは、商品を貸し出すことで客に「貸し」をつくり、後に商品の購入という形で返してもらうという、「貸し」のセールスにおける活用といえるが、客に貸しをつくるには、必ずしも商品を貸し出す必要はない。たとえば、セールスマンが客の要望を満たすために真摯な努力をすれば、客はセールスマンへの「借り」を意識し、そのお返しとして、たとえセールスマンが最終的に提示した価格が自分の予想を上回るものであっても、快く受け入れる可能性が高いのである。

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*1:Regan, D.T. (1971). Effects of a favor and liking on compliance. Journal of Experimental Social Psychology,7,pp.627-639.
 
 
PRESIDENT 2004年5.3号
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