上司と部下の暴走を防ぐ策は
「人事部の復権」にあり

 
 
日本企業は、現場で問題を解決し、改善改良していくことで競争力を強めてきた。
それを、支えてきたのが終身雇用制度や年功賃金制度といった工夫である。
これらの制度は、従業員の一体感を生み出すという点では効果的だったが、
一方では、社命が絶対視されるようになり意図せざる逆機能が生じた。
そこで筆者は、人事部門の「内部ガバナンス機能」を回復させるべきだと提唱する。
 
 
神戸大学大学院経営学研究科教授
加護野忠男 = 文
text by Tadao Kagono
かごの・ただお●
1947年、大阪府生まれ。70年、神戸大学経営学部卒業。75年、同大学大学院博士課程修了。79年から80年までハーバード・ビジネス・スクール留学。専攻は、経営戦略論、経営組織論。
著書に、『日本型経営の復権』『競争優位のシステム』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

既存の制度を活用して
「部下の抗弁」を促す法

 日本の企業は、従業員の企業への一体感を高めるためのさまざまな工夫をしてきた。終身雇用制度、年功賃金制度は、そのための工夫である。従業員の一体感は、従業員の知恵を利用した改善改良、現場での問題解決を通じて、日本企業の強さの源泉でもあった。しかし、一体感を生み出そうとする制度は、意図せざる逆機能もある。その一つは、上司の権限が強くなりすぎてしまうことである。上司の命令に疑問があっても、それに従ってしまうという問題が出てきてしまう。不満があればやめるという選択が難しいからである。このような側面を、名古屋市立大学の西田耕三教授は、社命絶対主義と呼んでおられる。社命絶対主義は従業員の側に閉塞感を生み出すだけでなく、現場の情報や判断をくみ上げることができないために、誤った意思決定を生み出す。社命絶対主義は組織にとっても個人にとっても望ましくない。日本の組織には、社命絶対主義の出現を防ぐ制度的な工夫があったはずである。

 最近数年間に日本企業で不祥事が相次いで起こった。代表的な事件として、三菱自動車の欠陥車隠蔽事件、雪印乳業における返品再利用事件、同子会社における牛肉の産地詐称事件、日本ハムにおける牛肉産地詐称事件などを挙げることができる。バブル崩壊前後に相次いだ不祥事が経営トップレベルの事件であったのに対し、これらはミドルレベル以下で起こった事件であるという共通点がある。

 これらの事件はなぜ起こったのか。上司の決定に抗弁できなかったことが、こうした問題が起こる最大の理由である。このようなトラブルを防ぐために日本の企業は、欧米の企業が持っているような内部監査制度を持っていない。そのためにこのような不祥事が続発するのだという原因分析も可能である。それを補完する制度として内部告発に法的保護を与えるべきだという意見も聞かれる。より現実的な対策として、内部相談、内部通報制度の提案もある。

 私は、日本の企業にこれまで存在した制度をうまく機能させれば、企業の部下の抗弁は可能になるのではないかと思っている。

 この点に関して興味深い議論をしておられるのは国際日本文化研究センターの笠谷和比古教授である。教授は、江戸時代の武家組織には、諫言に従わない藩主を引退させる「主君押し込め」の慣行があったことに注目し、自らの信念に従った上司への諫言を良い行いだとみなす道徳律があったと主張している。江戸時代の武家組織を律していたのは、盲目的な服従(命令絶対主義)ではなく、部下の勇気ある抗弁を美しいとみなす行動原理であった。この行動原理は明治期の官僚制度にも継承されていたと笠谷教授はいう。

 この指摘に従って詳しく調べてみると、明治15(1882)年に施行された行政官吏服務紀律の第三条「凡《おおよ》そ官吏は、太政大臣、又は本属長官より下すところの達示を遵守すべし」の規程について、太政大臣の三条実美は同年に示された官吏服務紀律説明で、「第三条は従順を示すなり。……若《も》し所属官、長官の処分又は指令を以って不法、非理なりと思惟するときは、敬礼を失うことなく、及び遅延して事に害あるに至ること無く、意見を具陳して長官の採用を仰ぎ、諄々忠告して諱《い》まざるべし」(『服務規律の変遷』292ページ)と説明している。この説明によれば、部下は抗弁の権利が認められているだけでなく、その義務をも負っているのである。明治20(1887)年に発布された官吏服務紀律の第二条では、より明確に、抗弁の権利について定めている。「官吏は其の職務に就き、本属長官の命令を遵守すべし。但し、其の命令に対し、意見を述べることを得」(『服務規律の変遷』296ページ)と改定されているのである。

日本企業の人事部に見る「長所と短所」

 この行動原理は、近代の大企業の制度にも受け継がれているようにも思える。その典型的な例は、階層組織の上長から人事権を取り上げ、部下の人事権を人事部に集中する制度である。この人事制度のもとでは、上司は絶対ではない。上司に嫌われても将来がなくなるわけではない。それゆえに、上司に対する不満や批判を組織内部で表明することができる。内部告発という卑怯な手段に頼らなくても、人事部門がカウンターベイリングパワーとして機能しておれば、上司の非道徳的、非倫理的な行動に対し組織内で反対意見を表明する機会はあるし、そのことに対する組織的保護も与えられているはずである。

 もちろん、そのような保護があっても、上司に対する反対意見を表明するには勇気がいる。

 前述の三条太政大臣の説明でも、「若し長官に於て、なお、前令を執り之を改めざるときは、属官たる者、己を舎《す》て、命に従うの外、唯だ職を辞し、官を去るの一途あるのみ」とも説明されている。この説明の読み方は多様だが、職を辞すくらいの気概を持って仕事せよといったものではないかと私は解している。個人の側の勇気だけに依存するのであれば、内部ガバナンス制度としてはうまく機能しないであろう。日本的な人事制度の中には、批判の表明以前に、異常事態の可能性を気づかせる検出装置が隠されている。

 第一の問題検出装置は、ローテーションの制度である。定期異動は、前任者の不正を顕在化させる機会となる。新任者は前任者が犯した誤りに気づくかもしれないし、ローテーションがきっかけとなって、新しい上司や部下が誤りに気づく可能性もある。不正防止の制度としての人事異動の機能がもっとも重視されているのは、銀行をはじめとした金融機関や政府機関である。

 第二の検出装置となっているのは二重評価制度だ。二重評価とは、上司だけでなく、人事部も評価を行うという制度である。上司の評価と人事部の評価との間に大きな隔たりがある場合は、その職場に何らかの問題が潜在している可能性がある。二重評価のために、面接が人事部門によって行われることもある。このインタビューも問題を検出する機会となる。面接では、本人だけでなく、その上司、同僚、部下についての情報も集められている。これらの問題検出装置を通じて、人事部は、組織内部の問題を早く検出することができる。かつて野村証券は、人事部員が手分けして、全従業員の面接を行っていた。短時間の面接は、人事考課の制度としては限界を持つが、問題検出の手段としては有効だと見ることができる。

 日本の人事部は、問題を早く検出する手段を持っているだけではない。問題に速やかに対処するための手段も持っている。その重要な手段は、配属の決定である。

 不祥事が起こっているかもしれない部署に正義感の強い人物を配属するというのが典型的な未然防止手段である。問題が顕在しそうなところには、高度な問題対処能力を持つ人材を送るというのも有効な対処手段である。

間接部門の人減らしと成果主義が生んだ弊害

 このような人事部を通じた内部ガバナンス制度は、実行組織のメンバーによる問題検出と問題対応を可能にしている。最も現場に精通している人々を通じて問題を検出できれば、検出はより早くなる。実行組織と並行して監視組織をつくりガバナンスを行う内部監査型組織よりも、問題は早く検出される。

 また、人事部は人事権を持っているので、人事配置を通じて、より効果的な解決を速やかに図ることもできる。その意味で、日本企業における人事を通じた内部ガバナンス制度は、並列的なガバナンス制度よりも合理性を持っていると考えることができる。

 部下の抗弁権を担保する制度は、致命的な欠陥も持っている。上司の権限が絶対ではないので、部下の暴走に対する歯止めが弱くなってしまうことである。実際、日本の軍事組織では、現場の暴走が深刻な問題を引き起こしてしまった例もある。

 部下の抗弁権を担保する制度を持ちながら、一部の日本企業で不祥事が起こってしまったのはなぜか。その原因としてもっとも重大なのは、人事部門の機能純化が起こったことではないかと私は考えている。人事部が上述したような内部ガバナンス機能を持つことは、人事部自身によっても十分に認識されていなかった。

 長引く不況に対応するため、間接部門の人員削減が進められた。その中で、人事部門は率先してスタッフの削減に取り組んだ。スタッフの減少に伴って、人事部門は人材の育成と配置という機能に特化せざるをえなかった。その結果として、内部ガバナンスにかかわる余裕がなくなってしまった。実際に、不祥事が起こった企業では間接部門の人減らしが行われている。

 もう一つの構造的原因として、成果主義の人事制度の導入があるのかもしれない。成果主義になれば、人事部の評価よりも、直属の上司の評価が重視されるようになる。二重評価が行いにくくなったのである。

 内部ガバナンス制度が機能しなくなった、より一般的な原因として、企業規模の拡大、業務と人材の多様化の結果を挙げることもできる。

 不祥事を防げなかったもう一つの構造的原因は、人事のガバナンス機能が及ばない盲点があったことである。企業の中には二重評価制度が及ばないところがある。その一つは、トップ組織である。もう一つは、子会社・関連会社の従業員である。子会社・関連会社の場合、出向者には本社人事部の人事権が及ぶが、子会社のプロパー社員には親会社の人事権が及ばない。プロパー社員は人事部によって保護されていないのである。その結果として、子会社社員による問題提起は難しく、問題検出が遅れてしまいがちである。実際に、最近の不祥事の多くは、人事制度の盲点となっていた子会社で起こっている例が多い。

 このような日本的人事制度のもとで内部ガバナンスの制度をよりうまく機能させるためにはどのような改革が必要か。何よりも大切なのは、人事部門が持っていた内部ガバナンスの機能を自覚し、それを回復させるだけの制度の改革と、人事スタッフの補充をすることである。

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