「安全」と「環境」──
クルマが抱える課題に独創の開発力で答えを出した

日産の革新的テクノロジー

 
 
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大久保副社長が、鶴の一声で公開を決めた「スーパーモーター」。
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今、日産が次々と送り出す新車に
熱い眼差しが注がれている。
なぜならそこには、クルマづくりに情熱を傾ける
技術者魂から生まれるクルマの理想があり、
それが乗ることの喜びを体感させてくれるからだ。
蘇った技術の日産、
いや挑戦する日産といった方が似合う。
技術開発部門の最高責任者として、
変革を支え、未来を担う大久保宣夫副社長に
「日産躍進の原動力」を聞いた。
 
 
日産自動車株式会社 取締役副社長
大久保宣夫 = 談
おおくぼ・のぶお●
東京大学工学部機械工学科卒。1964年日産自動車入社。85年シャシー設計部主管。86年同部次長などを経て、97年常務取締役に就任。99年から現職の取締役副社長として、技術開発部門を統括する。
 
 

マスコミを驚かせた最新技術の公開

 神奈川県三浦半島の中程、追浜に日産自動車総合研究所がある。旧海軍跡地の広大な敷地に工場、テストコースとともに居を構えるこの研究所に昨年末、新聞、雑誌などのマスコミや自動車アナリスト、自動車の技術関係者らが訪れた。

 目的は、同社開催の「先進技術説明会&試乗会」。その名のとおり日産が現在進行形で開発を行う最新テクノロジーの一端を披露するイベントだ。徹底した秘密主義が浸透した自動車業界において、このオープンとも言えるイベントは多くのマスコミを驚かせた。

 日産は大きく変わったと言われる。しかし好決算の数字だけでは、その原因は分からない。この「先進技術説明会」にこそ、劇的なまでの業績回復を支えた原動力が隠されていたのだ。

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「クルマというのは技術の固まりで、それは絶えず進化しています。その目指す方向を伝えることが、クルマへの信頼を高めることにつながると考えています。また、日産は変わったと言われますが、何もかもが変わったわけではありません。地道な努力の継続も、変革の大きな原動力となっています。それを伝えることが、この企画の狙いです。同時に、開発の最前線を通して、日産の未来をも予感してほしかったのです」

 こう語るのは、同社の技術開発部門を統括する大久保宣夫副社長。日産に入社以来40年以上にわたり、一貫して技術畑を歩み続けてきた叩き上げの人物だ。これまで「技術の日産」を支えてきた一人として、地道な努力の大切さを体現してきただけに、その言葉にはズシリとした重みがある。

広く普及してこそ技術の価値がある

 一昨年に続く2回目となる今回の「先進技術説明会」のテーマは、「安全」と「環境」。いずれもクルマの抱える根源的な問題だ。基礎研究段階のものからすでに商品化が決定しているものまで、いくつかの技術が紹介されたが、なかで目を引いたのが「低速追従機能付 車間自動制御システム」だ。このシステムは、今年秋頃発売予定の高級車に採用を決定している。

 低速走行時にドライバーの加速・減速操作をサポートし、先行車への追従走行を行う。分かりやすく言うと追突防止のためのシステムだ。車両前部に取り付けたレーダーセンサーにより、前のクルマとの車間距離や相対速度を検出、スロットルやブレーキを制御し、一定の車間距離を保ってくれる。渋滞でのノロノロ運転にイライラし、ついわき見などの不注意で追突しそうになった経験は誰しもあるはず。実際集約されたデータはないものの自動車事故の中で最も多いと言われている。しかもむち打ち症など、大きなケガにもつながりかねないだけに、ドライバーには強い味方だ。

 また運転中に不意な障害物が現れたとき、センサーで障害物を検知し、ブレーキング制御などで衝突を回避する「衝突回避支援ブレーキ制御システム」も待たれていた技術と言っていい。「リアルワールドセーフティー」のもと、死亡・重傷者数の半減を目指し、何よりも、広く普及できる技術の商品化こそが重要であるという日産の理念が見事に結実したテクノロジーだ。

 これまでも「運転席SRSエアバッグシステム」の標準装備など、堅実な取り組みで常に業界をリードしてきた同社だが、今回紹介された新技術も、安全なクルマづくりへの使命感が結晶したと言っていいのではないだろうか。

 開発にあたっては国土交通大臣の認定のもと、3年間にわたって公道での走行実験を実施。その累計距離は延べ9000キロメートルというから、およそ日本を一往復半したことになる。そこで得られた交通環境、ドライバーの運転行動などのデータを仔細に検証した成果が今回の技術を生んでいるのだ。  そしてもうひとつ、環境面での技術として注目を集めたのが、試乗会も行われた「エクストレイル FCV 03年モデル」だ。多くの最新技術を搭載し、航続距離を200キロメートルから350キロメートルに伸ばすなど大幅に性能を向上し、昨年末、計画を2年前倒しして限定リース販売が開始された燃料電池車の最新バージョンである。

 オリジナル技術のひとつとしては、1992年より研究を重ねてきた「コンパクトリチウムイオンバッテリー」が挙げられる。このバッテリーでは従来円筒形であったのを、薄いラミネート型にすることに成功。これにより室内のスペース効率もグンと良くなっている。また、燃料電池の心臓部分であるスタックについても、共同開発した最新のものを搭載するなど、日産の燃料電池車への取り組みは、02年モデルから03年モデルというわずか1年間に大きな進化を遂げた。

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日産では、低燃費でクリーンな排出ガスを目指して取り組みを進めている。

技術開発の目標に限界はない

「環境問題の観点から言っても、燃料電池車は現在、最も重要な開発テーマのひとつでしょう。ただ、開発はまだまだ始まったばかりです。ガソリンエンジンにしても、誕生から100年以上も経っているのに、依然進化を続けているんですからね。本格的に開発が始まって10年足らずの燃料電池車となれば、課題は山積みです」

 技術について語る大久保副社長はどこか楽しそうだ。そして何より雄弁だ。

「でも課題が多いくらいの方が、やりがいがあっていいんですよ(笑)。人間の知恵に限りがないのと同じで、技術開発に終わりはありません。だからいつも言うんです、開発には目標値を設けるな、と。目標値というのは、言い換えれば限界。自分で限界を決めては、面白くない。やっと頂上だと思ったらまだ道が続いていた、技術開発というのはその繰り返しです。結局は、いつまでも夢をもち続けられた人が成功するのです」

 まさに40年間の経験のなかで、技術開発の表も裏も知り尽くしている大久保副社長らしい言葉だが、そんな技術開発への挑戦をカルロス・ゴーン社長もバックアップする。

「これまで、ゴーン社長からテクノロジーへの投資で制約を受けたことはありません。技術開発は、将来の商品づくりにとって最も重要な分野である、と全社的なコンセンサスもできています。その部門を統括する責任者としては、結果を出さなくてはなりませんから、プレッシャーは大きいですけどね」

 実際ここ数年、日産のテクノロジーへの投資は、人(開発人員)、モノ(設備投資)、金(開発費)のいずれをとっても確実に増加している。開発人員は、2000年からの3年間で約2600人の増員。開発費については、2000年2317億円であったものが2003年には約3600億円、わずか3年間で50%以上もの大幅増だ。

 基礎研究から販売、サービスまで、商品のライフサイクルをトータルで見通して、どこに投資を集中し、どこで儲けるかを的確に判断する。言葉にすれば当たり前に聞こえるが、開発や製造などあらゆる業務がグローバルで展開される現在、このトータル・ビューをもった経営が非常に困難なのも事実。当たり前のことを当たり前にやってのけるのが、ゴーン流経営の真骨頂だ。

 V字回復を果たした日産自動車がいかに好調を維持するか。それは、一にも、二にも魅力的なクルマを生み出せるかにかかっている。となれば技術開発部門にかかる期待は大きい。総責任者である大久保副社長の腕の見せどころだ。

いきなりの大仕事で知った技術開発の厳しさと楽しさ

 1964年、東京大学工学部を卒業。「子供の頃から動くものが好きで、就職のときは飛行機と迷った末に自動車にした」と日産自動車に入社。その後、主にクルマの背骨にあたるシャシーの開発を担当し、数々のクルマや新技術を世に送り出してきた。

 そんな大久保副社長が、今でも忘れられない仕事がある。66年にデビューした「サニー」の初代モデル開発に、入社半年で携わったことだ。

「いきなり『おまえが担当しろ』と言われましてね。今ではとても考えられないことですが、サスペンションやら何やら、結局シャシー部分のほとんどを任されました。図書館にこもり、自動車雑誌で必死にイギリスやドイツ車の情報を調べたものです。1年半ほどの開発期間があっという間でした。最も大変で、しかし生涯を決める仕事となったと言えるかもしれません」

 技術開発の厳しさと楽しさを学んだ当時を振り返る大久保副社長の表情は、副社長というより、技術者のそれだ。

 その後、技術部門で役職を重ね、「技術の日産」の一翼を担ってきた大久保副社長だが、四十代の時のアメリカでの経験が、現在のもうひとつの顔である経営者としての視点をもたらすことになる。日産テクニカルセンター・ノースアメリカ社の立ち上げだ。

「20年ほど前、十数人のメンバーと渡米し、言葉も文化も違うなかでのスタートで大変苦労しました。ただ、仕事を上手に進めるために、いかにコミュニケーションが重要かを学ぶことができたのは大きな収穫でした。結果的にはあの時の経験が、マネジメントという面ではずいぶん役に立っているのだと思います」

 現在、日産テクニカルセンター・ノースアメリカ社は米国市場で話題のピックアップトラック「タイタン」を開発するなど、大きく成長している。

信念の男が支える夢の技術

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 現場の技術者から「エンジニアとして会話のできる経営者」として絶大な信頼を得ている大久保副社長だが、一方で「やると決めたら絶対に譲らない『実直な頑固さ』をもつ」という声も聞こえてくる。

「確かにそういうところはあるかもしれませんね。何事に対しても我慢強いというか、継続性を大事にする。そんなところが、ときに『頑固』にうつるのかな。ただ技術者というのは信念をもってなくてはいけないとも思うんです。10年先の技術を開発しようと思えば、30年先をイメージしていなければなりません。人の意見を聞きつつも、確固たる信念をもち続けることはなかなか大変なんですよ」

 これだけ技術者気質を知り抜いた上司のもとで働ける現場の社員は、本当に幸せだろう。実際、総合研究所では次々と、オリジナリティーあふれる斬新な技術が開発されている。先の東京モーターショーでも、行列ができるほどの話題を呼んだ「スーパーモーター」もその代表だ。

 それは、通常ひとつの動力しか得られないモーターの仕組みを根本から覆し、同時に2つの動力を得られるようにした画期的なものだ。しかも2つの動力はそれぞれ独立して制御できるため、例えば前輪、後輪にひとつずつスーパーモーターを取り付ければ、前後、左右の四輪を独立制御することが可能になる。圧倒的な小型化と高効率化を実現するこのスーパーモーターは、燃料電池車時代に欠かせないテクノロジーとなる可能性を秘めている。

 ところで、本来ならば基礎研究のレベルで、他社には秘密にしておきたいこの技術を市場からのフィードバックを得るために公開を決断したのも大久保副社長だった。

「夢をもち続けることこそ、技術開発で成功する秘訣」と言う大久保副社長らしく、「スーパーモーター」という画期的な技術に、クルマづくりの未来を見ていたのかもしれない。

「人・モノ・金」と表現される経営資源。しかし、これらの資源だけでは企業は動かない。それらを形にする「夢」の力があってこそだ。

 副社長としての職務が忙しく、なかなか時間がとれないが、月に1回程度は「日産の頭脳」として基礎技術の開発を行う追浜の総合研究所を訪れるという。ここには、未来を担う「夢」が転がっているからに違いない。  先頃、青山学院厚木キャンパスの跡地に、先行開発機能の集結を目的とした「日産先行開発センター」を開設するなど、その体制を盤石なものとしている日産自動車の技術開発。「頑固おやじ」率いる開発陣からは、これからも私たちの生活を豊かにする革新的なテクノロジーが生まれそうだ。

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●お問い合わせ先/
日産自動車株式会社 企業広報グループ
TEL. 03-5565-2141
 
 
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