いまだに生産者の都合で価格を決めていないだろうか
「売れて儲かる」価格設定の方法論
「正しい」価格をつけるのは至難の業だ。
革新的な商品を出しても価格付けに
失敗すれば、大きな潜在市場を失ってしまう。
そうならないためにも、伝統的な
コスト積み上げ方式からは訣別すべきである。
ある調査によれば、七割の企業が相変わらず従来のコスト積み上げ方式で価格を設定している。だが、コストを計算して必要なROI(投資収益率)を上乗せするのは比較的簡単とはいえ、必ずしも最適な価格が設定できるとは限らない。マサチューセッツ州ケンブリッジを拠点とするバイオジェン社がかつて、新しい抗凝血薬に関して壮大な計画を立てたときの例を見よう。
この薬剤は臨床試験では好結果を得たが、売上原価を見積もったところ、それなりの投資回収を実現するには1回の投与につき1000ドルという価格設定が必要なことが判明した。一方、すでに実績を挙げているジェネリック薬(先行して発売された新薬の特許が切れたあとに発売される同効能・同成分の薬)のヘパリンは、1回の投与につきわずか2ドルで販売されていた。たしかに、臨床試験ではバイオジェン社の抗凝血薬のほうがヘパリンよりやや効果があると判明したが、同社は、その効能のために1回1000ドルという価格を市場が受け入れるとは思わなかった。
そこへ割って入ったのがメディシン社である。メディシン社はこの新薬の権利を前金数百万ドルを払って買い取った。同社は開発を終え、2001年に「アンジオマックス」の名前で、1回につき約400ドルの価格でこの医薬品を発売した。同社はアンジオマックスの2003年の売り上げを7000万〜9000万ドルと見積もり、市場規模はいずれ3億ドルにも達すると見ている。
メディシン社はバイオジェン社が投げ出したも同然の製品で、なぜこれだけ成功を収めることができたのか。ハーバード・ビジネス・スクール教授でマーケティングを教えるジョン・グービルが同スクールのケース・スタディーの中で語ったところによると、その答えは、従来のコスト積み上げ方式をはるかにしのぐ、メディシン社の価格設定方法にあった。
メディシン社が採用した「価値に基づく価格設定方式」は、顧客にとっての製品の価値が価格設定時の重要な要素であると認識し、その価値を理解しようとするやり方だ。グービル教授によると、まず、メディシン社がさらに臨床試験を重ねたところ、患者に必要なアンジオマックスの量はヘパリンよりもかなり少量であることがわかった。ヘパリンの投与が4回必要だったのに対し、「アンジオマックスでは、血管形成術患者の七割が1回、残りの三割が2〜3回の投与を必要とした」と同教授は記している。次に、メディシン社は価格設定と製造工程との関係に着目し、製造コストを削減して、顧客(病院)が納得すると思われるレベルにまで価格を下げることに成功した。同社はまた、病院側に対し、アンジオマックスはヘパリンに比べるとかなり高価格だが、優れた信頼性と予防効果を考えれば結果的には大きな費用節減につながることを明らかにした。
価格は利益に対して累積的影響を与えるため、最適価格よりも低い価格設定をすると、企業の業績に巨額のダメージが及びかねない。では、製品の正しい価格設定を習得するにはどうすればよいのか。
●部門を超えた統合的アプローチを
新製品が発売される際の価格は、ひとつのプロセスから生じた結果である。このプロセスが正確かつ信頼できるものであることが、市場とメーカーにとって最適な価格になるかどうかの決め手となる。
したがって、価格設定は製品開発プロセスにとって欠かせないものだ、とストラテジック・プライシング・グループの社長兼CEOで、『The Strategy and Tactics of Pricing』(邦訳なし)の共著者でもあるトーマス・ネーグルは語る。「製品となる前の、単なるコンセプトの段階から価格について考え始めよ」と彼は言う。ネーグルは、日本の価格設定方式からヒントを得る米企業が増えていると指摘する。「米企業はコストをまかなう価格を設定するのではなく、値頃価格を満たす製品を企画し始めている」と彼は言う。
価格設定と製品開発の統合以外にも、部門を超えたアプローチで新製品の価格設定に取り組んでいる企業もある。ストラテジック・プライシング・グループの上級プライサー(価格設定責任者)のジョン・ホーガンはかつてゼネラル・モーターズ(GM)に勤務していた。「GMでは長年、価格の決定は本社の財務スタッフが行い、マーケティング部門は決定した新価格を知らされるだけだった」とホーガンは語る。
この方式の問題点は、社内のどの部門にせよ、最適価格を設定するのに必要な情報すべてを単独で持っているところはないということだ、と彼は言う。したがって、ある部門が決定した価格を全社に押しつけるのではなく、企業はさまざまな観点が考慮されるように価格決定の協議会を設立すべきなのだ。
●顧客の視点で製品価値を理解する
コスト積み上げ方式による価格設定の大きな限界は、顧客の存在を頭に入れていないということだ。01年にマスコミを騒がせた、革命的なスクーター「セグウェイ」は、価格設定プロセスで顧客に十分目配りをしないとどうなるかの好例である。
セグウェイは乗り手の体の傾きに反応して走るという特徴を持っていたが、この技術が競争相手に盗まれるのではないかとの懸念から極秘裏に開発された。
このプロジェクトを内部から取材し、『Code Name Ginger』(邦訳なし)を著したジャーナリストのスティーブ・ケンパーは、「私がいる間、マーケティング調査はほとんど行われていなかった」と言う。
顧客の意見を聞く代わりに、コストがセグウェイの価格設定のおもな基準となった。革新的な技術により製造コストが跳ね上がるとともに、投資家がROIの増加を求めたため、セグウェイの一般消費者モデルの販売価格は、ケンパーの報告では「2000〜3000ドル」だったものが4950ドルに上昇した。これは、単なる最先端のスクーターと誰もが思うような製品の価格としては高すぎた。その結果、消費者モデルの発売は延期を余儀なくされ、セグウェイ社は消費者モデルよりも高価な業務用モデルに専念することになったのである。さらに、初年度5万から10万台という同社の販売予測も大きく外れてしまった。
顧客の意見を聞いていれば、セグウェイの価格決定プランの欠点も明らかになっていたかもしれない。値頃価格を決める際には顧客の意見が重要であるとの認識が大きなきっかけになって、価値に基づく価格設定という考え方が登場した。
顧客に問うことで、この価値を理解しようとしている企業もある。しかし、顧客は新しい製品、それも革命的な新製品となると、その価値を理解できないことが多い。このような場合、価格設定の担当者は製品だけでなく顧客のことも理解しなければならない。企業同士の取引なら、「顧客があなたの製品を理解できなければ、あなたが顧客のビジネスを理解しなければならない」とストラテジック・プライシング・グループのネーグルは言う。
最終的な目標は製品のバリュー・ドライバー(価値促進要因)、すなわち製品が顧客にもたらす利点を明らかにすることである。「その過程では六つから八つのバリュー・ドライバーが特定されるだろう。経験的には、最も重要な2〜3の要因に絞り込んでわかりやすくしたほうがよい。プロセスを推し進めるにはそれで十分だ。無理して欲張ることはない」とネーグルは言う。
●顧客の購買意欲を管理する
企業は新しい製品の価値を理解したら、その価格を設定することができるわけだが、市場でその価格を実現する前に、実際にそれだけの価値があることを顧客に納得させねばならない。
メディシン社は、ハーバード・ビジネス・スクールのグービルが言うところの「顧客の購買意欲」と呼ぶものを積極的に管理(操作)して成功した。FDA(食品医薬品局)によるアンジオマックスの認可前から、メディシン社はヘパリンを使うことで見えないコストが発生することを医療専門家にすでに認知させていた。また、アンジオマックスを購入すると思われる医師や薬剤師、経営者のさまざまな関心事に訴えるマーケティング・メッセージを周到に準備した。そして、心臓病の権威とされる専門家やその家族を週末の旅行に招待し、そこで8時間に及ぶプレゼンテーションを行うことにより、アンジオマックスの支持者をつくろうとしたのである。
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