判断能力を培う「マネジメントコーチング」とは
必要な能力はいつどこで身につけるのだろうか。
3人のマネジメントコーチによって経営判断力を叩き込まれた
ある経営者の実体験は、傾聴に値する。
本社CEOが派遣した3人のコーチたち
日本の競争力がジリジリと低下して、スイスのIMD(国際経営開発研究所)が発表した2003年の分析では世界で11位になってしまった。失われた競争力を取り戻すにはどうすればよいか。技術力か、財務力か、価格をコントロールする力か、いろいろな議論があると思うが、私はプロの経営者を一人でも多く育て上げることが最良の道だと思っている。
私は、南洋材の開発輸入をはじめとして、化学品のメーカー、食品・香料原料等の輸入を営む数々の会社で40年以上の間経営の仕事に関わった後、2000年にアメリカ、ナスダック市場に上場している健康食品会社の日本法人の社長をお引き受けすることになった。そのとき私に課された使命は、日本法人を立ち上げて、2年以内に黒字にすることだった。この途方もなく重い使命を私に担わせるため、本社のCEOは3人のマネジメントコーチを派遣すると言ってきた。
このとき私は64歳で、経営者として42年も経験を積み、実績も残してきたつもりである。この私にいまさら何をコーチするというのか、というのが、そのときの正直な気持ちだった。
3人のコーチとは、米国企業の大手消費財販売関連で名をなし、日本法人を立ち上げた元社長、同社極東支局の元ナンバー2、米国の化粧品会社元副社長で、やはり日本法人の立ち上げを経験した人物。いずれも有名企業の元経営者である。マネジメントコーチとは、経営者専門のコーチであり、経営の経験者であることが最低の条件になっている。
アメリカでは、経営者にマネジメントコーチをつけるのはごく当たり前のことで、新法人の経営を早く軌道に乗せるためにあなたにとって決してマイナスになることはないので、抵抗感なく受け入れるように、というCEOからのメッセージがあった。いまでは、GEの前CEOジャック・ウェルチ氏も、マネジメントコーチに転身して、経営者のサポートをしている(ギャランティーは格段に高いらしい)。こうして、私は、日本法人の社長として3人のコーチングを受けることになった。
コーチは、週に一度私の部屋にやってきて、昼食をともにしながら、あるいは夕食をとりながらじっくりと私の話に耳を傾けた。「この1週間、どうでしたか」「あなたの会社は、こういう点に弱点があるようだが、どう考えていますか」「あの問題は、どう処理しましたか」などと質問されて、答えていくうちに私自身がさまざまなことに気づかされるようになる。またときには、「あなたは営業の現場でこんなことが起きていることを把握していますか」「財務本部長がこういう不満を持っていることを知っていますか」などと寝耳に水の事実を指摘されて面食らうこともあった。
コーチは、雇い主である本社と守秘義務契約書を交わしている。万一会社の機密を洩らしたときには賠償責任を負うことになっているので、社内のドロドロしたことも、会社の秘密事項もすべて明らかにして相談するようにと、CEOから言われていた。この契約に基づいて、彼らは、社内のキーマンを日々訪問し、会社の問題点、改善点、現場で起きていることや彼らの要望等を洗いざらい聞き出して、私に報告してくれるのである。これによって、私は、人事、財務、総務、営業、マーケティング、製造、流通管理、ITなどあらゆる部門の現場で何が起きているのかを把握することができた。
また、コーチは、私に強いコミットメントを与えようとする。コミットメントをぴったり表現できる日本語を探すのはむずかしいが、私は「必達事項」と置き換えている。必ず達成しなければならないと覚悟を決めること、それがコミットメントである。私のプライドや自尊心を巧みにくすぐり、「そんなことができなくて経営者をやっていられるんですか」などと言われると、「よーし、やってやろうじゃないの」と心理的に追いたてられて、そこから力が出た。
3カ月で問題を改善しようとするならば、「そのためにどんな手を打ったのか」「1カ月でどれほどの効果が見えると想定しているか」「そのために明日は何をするのか」などと具体的に質問され、これに答えていくうちに、取り組む目的、問題点とスケジュールがクリアになり、確実に実行しなければならないと自ら考えるようになるのである。
ここで、あいまいな答えは許されないため、イエス、ノーをはっきりさせる習慣がつく。コーチが社外の第三者であるために、甘えることは許されず、緊張感が生まれるのである。日本の企業のように、社内で掲げた目標がなあなあになってしまうことはありえなかった。
3カ月で業績に変化がなければ
コーチも社長もクビとなる
また、経営者のモチベーションを最大限に高めることも、コーチングの役割である。私が問題意識を変えて調査活動を始めたり、アイデアを出したりすると、「調査をしたからこんなにいい結果が出たじゃないですか」「アキ! いいね、それ、すばらしいアイデアだね」と誉めてくれる。お世辞かもしれないと思いつつも、何歳になっても誉められることはうれしいものだ。若い者が誉められることはあっても、経営者が誉められることはほとんどない。孤独な闘いを日々続ける身で、認められ誉められた日にはついうれしくなってしまい、もうひとがんばりしてみるかという気持ちが湧いてくる。人間の心理は単純である。
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1 部下を有意義に使いこなしているか 2 部下が自発的に自分についてきていると感じ取れるか 3 自己の習得した知識やノウハウは惜しみなく部下に与え、OJTを含む教育は万全に行われているか 4 部下をリードし、建設的に管理し、業務を効率よく処理させる中で、常に最終責任を感じているか 5 リーダーシップ、チームワーク、人間関係、円滑なコミュニケーションの促進とモチベーションは徹底しているか 6 部下の職務内容、役割分担、適応性、組織の一員としての心構えを教育しているか 7 部下のキャリアプランの相談にのっているか 8 結果の良し悪しよりも、業務遂行の過程で起きたことに対し、適切な指導をしているか 9 ポリシーやメッセージは首尾一貫し、明確に部下に伝わっているか 10 部下の名前と職責は熟知しているか 11 「良き上司は良き耳を持つ」というが、部下の主張は最後まで聞いているか 12 部下との会話は会議の中だけに限定されていないか 13 部下との相互不信や信頼感の構築をどのように捉えて解決しようとしているか 14 後継者は育っているか
コーチングには、徹底して「聴く」ことが必要となる。私は「聴」には、心の耳で「十四」の話を聞くという解釈も成り立つと考えているが、例えば、人事関係に的を絞ると私なりに考えているコーチの14の質問とは、表の通りなので、ご参照いただきたい。
自分では十分な経験を積んできたつもりでいたが、コーチと話しているうちに、私はたかだか40数年間の経験の中から考えていたのにすぎないと気づかされた。視点を変え、発想を変えるだけで、想像もしなかった新たな答えを出している自分がいることに気がついた。そんな気づきを経営者に与えるのが、コーチの役割なのである。
私の場合は、3カ月間に1人のコーチがつき、3人のコーチが3カ月ごとに交代するローテーションが組まれていた。3カ月単位は、四半期決算で査定を行うためだ。3カ月で業績に変化が見えなければ、コーチはクビとなる。あるいは、コーチは優秀だが社長がパッとしないと判断される場合は、社長のクビが飛ぶこととなる。そのためお互いが真剣にならざるをえない。コーチは、社長の意識を変えることで業績アップを実現させたい。社長の私は、コーチの力を借りて、業績を上げなければならない。
どんなに経験が豊富で頭がいい人でも、1人で考えるには限界がある。3人のコーチが加わることによって、私は4人分の脳ミソを使えることになったのである。
私にとってコーチは、優秀な家庭教師のようでもあり、深い蘊蓄を持つ親戚のオジサンのような存在でもある。プライベートな問題で落ち込んでいるときに、励ましてもらったこともあった。コーチに言わせると社長や役員の場合、意外とプライベートの悩みを抱えていることが多いので、これを察知し、解決の糸口やヒントを与えたり、さりげなく夫婦を招待して観劇したり、美味しいものを食べて、いろいろな話を「聴く」とポジティブな気分転換に繋がるものだそうだ。要するに、経営者が落ち込んでいることで、その職務の遂行や判断に悪影響が出ると思われる状態を回避するための方策なのである。
日本の会社では、社長の経営戦略や経営ポリシーについて本気で批判することは少ない。副社長も、専務も、常務も、役員会で社長に異を唱えることはなく、みな右にならえである。
しかし、彼らコーチたちは、私の下す判断について、「結論が早くはないですか。もう一度よく考えてから決めてもいいのではないですか」「こういう判断材料もありますが、どう思いますか」などと率直に意見を言う。経営者の視野を広げ、決断の厚みを増すようにさせるのである。
就寝前に反省と対策の時間を持っていますか
このようなコーチとの会話は、コーチングカンバセーションと呼ばれ、ビジネススクールで行われているSWOTアナリシスの延長線上にある。SWOTとは、S=STRENGTHS(強み)、W=WEAKNESSES(弱み)、O=OPPORTUNITIES(機会、チャンス)、T=THREATS(脅威、問題点)の四つだ。たとえば、わが社はキャッシュフロー・マネジメントが弱いとか、販路拡大に新たなチャンスがあるとか、優秀な人材が辞めたり、モノが急に売れなくなったらどうするか、などを徹底的に検証するのである。
さらに、これに、DP=DEVELOPMENT PLANS(開発能力)と、HP=HIDDEN POTENTIALS(潜在能力)の分析が加えられる。新製品を開発したり、新しい知恵を出し合って変革を起こしたり、また、自社の潜在能力は何かを考える。強みは伸ばしていかなければならないし、弱みは補わなければならない。脅威や問題点に対しては、戦略を改善していく必要がある。自分自身を客観的に分析できたことだけでも、コーチを雇った意味は大きかった。
2年間におよぶコーチングの最後に聞かれたことは、就寝前に、反省と対策の時間を持っているか、ということだった。寝る前に、今日1日何をしたのか、何か問題はなかったのか、自分のやったことは正しかったか、部下にやらせたことで問題がこじれていないか、後継者を育てることを考えているかなどと、すべてについて反省をしていますか、と言う。自分はベストを尽くしたと思えるなら、結果がどうであれ、これでいいと安心して眠りなさい。ベストを尽くせなかったら、次の日はベストを尽くすように考えて眠ってください。そのように言われたことで、経営者として自分を客観的に見つめる精神を叩き込まれた。
マネジメントコーチを体験したことによる財産は、プロの経営者とはなにかを教えられたことだった。サラリーマンが出世の階段を上がっていけば、プロの経営者になれるわけではない。プロの経営者としての考え方、見方を身につけるためには、判断能力を培う専門のトレーニングが必要であることを身をもって実感した。
日本の経営者では、松下幸之助さんと盛田昭夫さんがマネジメントコーチと同じ仕組みを自らつくっていたとアメリカのビジネス界では言われている。松下電器やソニーが長年強い競争力を持ち続けたことの一因はそこにあったのだと考えられているのである。
私は、くだんの会社の経営を2年間で軌道に乗せる使命を果たし、任期満了をもって退職。その後は、マネジメントコーチングの必要性を強く感じたので、今度は自分がコーチとなり、経営者のサポートを担当している。そのために戦略的な人脈連合(SNA)をつくり、コーチ人材の育成もスタートさせた。
去る9月に開催された第119回経団連ゲストハウス・フォーラムでは私が体験したマネジメントコーチングの機能に注目していただけたので、これを追い風として、今後多くの経営者に新しい経営手法のノウハウとして広めていきたいと熱望している。
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