「差別化戦略」は下克上の定石にあらず

 
 
チャレンジャー企業が、リーダー企業を攻撃する場合「差別化」する。
対して、リーダー企業は「同質化(模倣)」して防衛しなくてはならない。
これが、マーケティング戦略の基本とされている。
筆者は、はたして、この論理は正しいのか、と疑問を投げかける。
リーダー企業における組織の現実に目を向ければ、
そのような「定石」が通じないことが明白になるのだが……。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
沼上 幹 = 文
text by Tsuyoshi Numagami
ぬまがみ・つよし●
1960年、静岡県生まれ。一橋大学社会学部卒。同大学院商学研究科修了。成城大学専任講師を経て、現在、一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は経営組織論、経営学方法論。
著書に『組織戦略の考え方』『液晶ディスプレイの技術革新史』『行為の経営学』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

「戦略論」が見逃したチャレンジャーの現実

 企業間競争の定石を教えていると必ず出てくるテーマに、「業界リーダーとチャレンジャーの戦い」がある。業界が成熟し、業界内での市場地位がある程度固定的になった後で、業界リーダーはどういう基本方針で競争し、その地位を奪い取ろうとするチャレンジャーはどのような基本方針で競争を仕掛けるのか。

「チャレンジャー企業は差別化してリーダー企業を攻撃し、リーダー企業はそれに対して同質化(模倣)して防衛する」。これがマーケティング戦略の基本中の基本である。たとえば、チャレンジャーがドライビールを出して差別化してきたら、リーダーもドライビールを出して対抗する。チャレンジャーは「差別化」し、リーダーは「同質化」するというのがそれぞれの定石なのである。もちろんこの単純な定石にいくつかの注意事項がプラスされる。たとえばチャレンジャーの差別化は簡単には模倣されないようなものでないとならない。そのためには、たとえば、独自の経営資源に裏打ちされた差別化を行うべきである、といった注意事項である。

 いろいろな事例を見るとたしかにチャレンジャーの「差別化」とリーダーの「同質化」は頻繁に観察されるから、それなりに根拠のある議論ではあるが、少し考えてみると、この「差別化せよ」と「同質化せよ」という戦略定石にはいろいろ問題も多い。具体的に言えば、戦略の論理だけで考えていくと、普通の状況を想定するかぎり、この指針に従ったチャレンジャーはリーダーに勝てないのである。少なくとも、戦略論の論理で考えを進めていくかぎり、チャレンジャーが「差別化」することでリーダーに追いつき、追い越せるというストーリーをつくることは非常に難しい。もう少し具体的に論理の筋を追いかけてみよう。

 まず、リーダーとチャレンジャーは通常、企業規模が異なり、企業としての体力が異なる。もちろんリーダーは強く、チャレンジャーは弱い。だからこそチャレンジャーはリーダーの後塵を拝しているのである。

 リーダーの戦略定石が「同質化せよ」となっているのは、体力勝負・総合力勝負に持ち込むというところに根拠がある。直接全面対決の場合、強大な側の被害は小さく、弱小側の被害が甚大になる。しかも、当初に投入した戦力差以上に、この被害の差は大きい。近代戦の鉄則として知られるランチェスターの法則が、ビジネスの世界でも貫徹するのである。

 チャレンジャーの差別化に対して、リーダーはその差別化された財・サービス等と同じものを提供してチャレンジャーの攻撃を無効にする。なぜ攻撃を無効にできるのかと言えば、同じ財・サービスを提供していれば、資金力やチャンネル支配力、ブランド・イメージ等、多様な側面にわたって優位に立つリーダーのほうが有利になるからである。

 これほど多様な側面にわたって強力なリーダーに対して、「容易には模倣されない差別化」を弱体なチャレンジャーが実現できるのだろうか。これが問題なのである。

 たとえば、たしかに独自技術に裏打ちされた差別化であればリーダーが模倣するのは容易ではない。しかし、そのような技術を本当にリーダーが保有していないとは限らない。既存顧客が高く評価するような価値を生み出す技術の中で、チャレンジャーが保有していてリーダーが保有していないものがある、というケースは実はそれほど多くはない。既存顧客が高く評価するものであるのなら、研究開発投資の原資が多く、研究開発人材の層も厚いリーダー企業も準備している可能性が高いのである。

 技術力で差別化が難しいのであれば、マーケティングの多様な手法による差別化はもっと難しいと考えるべきであろう。1年とまで言わないとしても、半年間でも先行できるマーケティング上の工夫は不可能ではないとしても、現実には非常に珍しい。「容易には模倣されない差別化」はそう簡単ではないのである。

「アスクル」の成功と、親会社の悩ましき内情

 それでは本当にチャレンジャーは勝てないのかというと、やはり勝つこともある。戦略の論理ではあれほど強いはずのリーダーがなぜ敗れてしまうのか、また、戦略の論理に基づけば、あれほど弱体だったチャレンジャーはなぜ勝てるのだろうか。

 おそらくその答えは戦略の選択肢を眺めていても論理的に導き出すことはできず、組織の内側をのぞき込まなければ見えてこない。つまりリーダー企業がその組織に何らかの問題を抱えるようになり、それゆえに戦略の論理からはありえないような対応をリーダー企業が選択し、自ら墓穴を掘ることになる、ということである。すべての逆転劇の詳細な分析を行って数を数えたわけではないから確言はできないが、実は多くのケースで「敵失」(相手のエラー)が重要な役割を果たしているように思われてならない。リーダー企業の組織に、堕落・腐敗・鈍化・劣化といった問題が発生しているという条件が成立していなければ、おそらくチャレンジャー企業の攻撃は有効打になりにくいのである。

「敵失」というと「ミスに気をつけよう」と気を引き締めればリーダーも安心できると思われるかもしれない。しかし、ここで言う「敵失」はもう少し厄介な代物である。なぜなら、他社との競争という視点から見ると「敵失」に見えるものが、実は社内の人々から見ると、「優れた配慮・気配り」のことであったりするからである。内向きにはファインプレーに見えるのに、外向きにはエラーになってしまうことが競争の世界では多々存在する。

 たとえば近年のアスクルとコクヨの競争を考えてみよう。文具を皮切りにオフィスで必要な品物をワンストップで揃えることのできる通信販売事業を展開したアスクルは、1993年にプラスの一事業部として設立された。当初プラス製品の通信販売をミッションとしていたアスクルは、95年には他社製品をも販売するようになり、97年には別会社として独立する。以後、複雑で非効率な既存の流通チャンネルとの競争で優位に立ち続け、2003年5月期には年商約1085億円、営業利益約51億円へと成長してきた。

 アスクルの成功を説明する要因は数多い。その優れたビジネス・モデル、最先端のITをフルに活用した物流システム、顧客のために進化するという基本的な価値観の共有等々、数え上げればきりがないだろう。しかし、アスクルの成功は文具業界のリーダー企業コクヨの「非常に緩慢な対応」を抜きにしては語れない。コクヨがアスクルと同じ市場セグメントを対象とした通信販売「カウネット」を創始するのは00年10月、アスクルが他社製品を扱うようになってから5年、アスクル独立から3年が経過した後である。半年や1年の遅れではなく、数年の遅れである。

 これほどリーダーの対応が遅れれば、チャレンジャー側は、有益な情報を蓄積し、細々としたシステムのバグを排除して完成度を高め、重要なメーカーの協力姿勢を獲得することができたはずである。これほどの遅れはなぜ生じたのだろうか。もちろん、リーダー企業であるコクヨが技術的に追随できなかったわけでも、マーケティングの工夫を思いつかなかったわけでもあるまい。

 決定的なポイントは、おそらく、既存の優良卸・優良小売店を組織化していたコクヨの配慮だったのではないだろうか。リーダー企業は強ければ強いほど優良な人材をリクルートでき、秀才が集まってくる。しかも強力なリーダー企業は、たいしたエネルギーを使わなくても戦って勝てるから、徐々に外向きに戦うことを忘れていく。強力なリーダー企業ほど、社内・身内に細かい点まで配慮が行き届く「紳士」が増えていく。アスクルの急速な伸びを見ながら、おそらく多くの優秀な社員たちが卸と小売りとコクヨのすべてが合意可能な対応策を必死に模索していたのではないだろうか。

 しかし優秀な社員が多いほど、社内に飛び交う身内の批判も手厳しい。「有力な卸の○○さんに迷惑をかけてはいけない」とか、「小売店さんの事業を圧迫しないように配慮しなければならない」といった制約条件が社内の多様な部署から投げかけられたのではないだろうか。ここで決定的に戦わなければならなかったはずなのに、「紳士」たちはケンカをしない。

優良なリーダー企業が隙を見せる構造的問題

 社内を説得し、有力な卸や小売店を説得するのに、膨大な時間がかかる。優良なリーダー企業は優良であるがゆえに秀才が多く、そうであるがゆえに社内の批判も多く、競争相手の仕掛けてきた手に対する対応が遅れてしまう。対応策を練る中心人物たちはアスクルの成長を脅威として認識し、必死にスピードアップを心がけていたとしても、周辺部から批判をする人々は必ずしもアスクルの成長をまだ脅威に感じていなかったのかもしれない。おそらくカウネットという対応策で合意形成が可能になるのは、多くの卸・小売り・社内の小姑たちがアスクルの脅威をリアルに感じられるようになってからなのであろう。それほど多くの人々の目から見てアスクルが脅威に見えるようになったということ自体、「手遅れ」であることを意味しているであろう。

 しかもその手遅れの時点ですらなお、合意された案はアスクルのビジネス・モデルに較べてはるかに配慮の塊になっている。アスクルが自社と顧客の間にエージェントを一段階だけ入れているのに対して、コクヨは卸と小売りに対応して二段階のエージェント構造を採用している。実質的に卸を残すコクヨのシステムは、おそらく内向きの合意形成という点では「ファインプレー」だったのではないだろうか。

 だがこのシステムは、手数料という観点から見ても、情報伝達という観点から見ても、アスクルとの外向きの競争では「敵失」になってしまうのではなかろうか。

 もちろん「コクヨの内部で生じたであろうこと」として描かれた上の分析と記述はすべて筆者の推測である。しかし、この仮説的な分析例で筆者が説明したかったことは、コクヨの問題そのものではない。

 むしろ競争戦略の基本として語られる「チャレンジャーは差別化せよ」「リーダーは同質化せよ」という定石が、戦略の論理のみに基づいて議論されているかぎり、あまり有効ではないということが、ここで強調されるべき重要なポイントなのである。

 マーケティング戦略とか競争戦略を議論する際に、多くの人々は競争相手の組織内部まで踏み込んだ分析を行うことは滅多にない。戦略論の教科書にも、「相手の組織が劣化しているか否かをチェックせよ」などとは滅多に書かれていないし、ビジネス・スクールの教室でもそこまで教える人は稀であろう。

 しかし、どのタイミングで、どのような「差別化」が有効打になるのかは、リーダー企業の組織状態によって左右されている可能性がある。優れた戦略家になるには、組織に関する洞察力を鍛える必要があることを忘れてはならない。

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