巻頭エッセイ
なぜ皆、サラリーマンなのか
日本の労働人口の8割はサラリーマンである。
教育の仕方もサラリーマンを作り出すことが
前提になっていて
「いい学校に行っていい会社に入る」
ことが推奨される。
そのために「勉強しなさい」と
子供たちは小さい頃から教え込まれる。
けれども、皆がサラリーマンを目指す社会で
いいのだろうかという疑問が私にはある。
美味しいパンを焼くパン屋さんも
素晴らしい履き心地の靴を作る職人も
それぞれに大事な職業であるはずなのに
勉強ができなかったから
サラリーマン以外の仕事に就いたんだろうと
どこか見下げるような風潮があるように感じる。
F1レーサーになりたいとか
ミュージシャンになりたいという子供の夢も
「そんなの無理だから」と最初から切り捨てて
安定したサラリーマン人生を歩ませようとする。
ほとんどの場合、それは親心というより
親の自己満足でしかない。
一方で、高学歴を得ていい会社に入ることが
本当に幸せなのかと迷う親も出てきたようだ。
かつては、自分の能力はさておいても
子供には「医者になれ」といっていた親が
今では「いや、医者も大変そうだ」と思っている。
子供にどうしてやればいいのか
親自身も迷っているのだ。
子供の能力やキャラクターは個人個人異なるし
将来の夢もそれぞれ違う。
それをきちんと汲み取って
「自分がやりたいのはこれだ」という道が見つかる
ように手助けするのが親の務めだと思う。
マイスター制度があるドイツでは
今も小学校を卒業する10歳のときに
将来の職業を念頭に置いた学校選択が始まる。
13歳から14歳のときに
再確認できるチャンスはあるものの
10歳で自分の将来像と真剣に向き合う機会が
あることは確かである。
そこから各自の目標に沿った教育制度に分かれて
専門教育や実務体験を重ねていくのだ。
ドイツの子供たちは早くから
自分の進むべき道を見つけて専門教育を受けるので
極めてプロ意識の高い職業人が輩出される。
しかし日本では高校、大学に進学しても
なかなか将来の目標が定まらず
社会に出て役立つような専門性も身に付かないから
大企業に就職するという目標しか持てないのだ。
手に職があれば生きていけると昔からいう。
親が迷う今こそ、職業意識や仕事観を学べる場が
日本の教育にも必要なのではないだろうか。
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