巻頭エッセイ
子供を授かって変わった
科学の魅力や面白さを文章で伝えるサイエンスライターという仕事は
アメリカなどの英語圏では社会的地位が高くお金もそれなりに儲かる。
だから欧米では別荘持ちの裕福なライターも少なくない。
しかし自然を畏れる信仰が残っているせいか、
日本では反科学的な思想や感情が根強く、科学雑誌はあまり売れない。
学者より格下扱いされる風潮もあるから
サイエンスライターという職業の立ち位置はとても厳しい。
好きな世界で仕事をしていられるのだから後悔はない。
それでも自分の仕事が世間的に遇されていないことに
怒りや不満を感じることがあった。
精神衛生上よろしくないと自覚して、ネガティブな感情を打ち消そうと
努力するのだけれど、簡単には拭い切れない。
それが変わったのは子供を授かってからだ。
娘の将来のことを考えたり慣れない子育てに大わらわしていると
余計なことに余計なエネルギーを使う気が失せてくる。
これまで随分、何かと戦っていたのに
「もういいや」という感じ。
今は一歳児相手に英語で絵本を読んだり、時々、
ベビースイミングの教室で一緒にプールに入ったりで何かと忙しい。
どうしても自分で娘に教えたくて
子供の頃に嫌々習わされたピアノをもう一度習い直している。
子供ができたことで仕事との向き合い方も少し変わったように思う。
たとえば福島の原発事故。
科学技術的な視点から見れば天災的な側面は強いし
発表された放射性物質の数値を冷静に分析すれば
東京で生活している分には全く問題ない。
でも、東京都の浄水場で乳児の暫定基準値の二倍以上の
放射性ヨウ素が検出されたという記者会見をリアルタイムで
見た直後、思わずミネラルウオーターを買いに走った。
コンビニの棚に手を伸ばした瞬間
「何でこんなことをやっているんだろう」と
サイエンスライターの自分が呟いた。
意味のない行動だと頭ではわかっている。
でも、感情が体を突き動かす。
「これは娘のためなんだ……」
原発がなければ経済は回らないと
専門家は口を揃えるし、自分でもそう思う。
一方で、親として原発の怖さも実感する。
当分は葛藤しながら文章を書くのだろう。
新しい戦いが始まった。









