巻頭エッセイ
祖母、正子との二人旅
僕は1年の4分の1を
国内外の旅に費やすような生活をしている。
旅の原点にあるのは祖母、正子との思い出だ。
祖母は執筆のための旅行をよくしていたが
初めて祖母と旅をしたのは小学5年生の冬休みだった。
「今、何やっているの?」
祖母からよくそんなふうに聞かれたものだ。
当時、学校で勉強をしていたこともあって
「聖徳太子に興味がある」と答えると
「歴史に興味があるなら、現場に行って実物を見なきゃダメよ」
こうして祖母との二人旅が始まった。
最初に連れていかれたのは聖徳太子ゆかりの
定番である橘寺でも法隆寺でもない。
奈良の三輪山の麓にある大神神社だった。
なぜ三輪山なのか、大神神社とは何なのか
そんな説明は一切ない。
祖母は、大人はもちろん、子供相手だからと
一から説明するような人ではなかった。
それは祖父の次郎や小林の祖父、秀雄にも言えたし
僕の両親にしてもそうだった。
次郎は自宅を「武相荘(ぶあいそう)」と名付けたぐらいで
不愛想で不親切、説明に多言を要しないのは
家風のようなものだ。
だから祖母に連れられて旧跡を訪ねても
それが何なのか、当時はよくわからなかった。
祖母に聞けば教えてくれたが、自分からは何の講釈もしない。
けれど、わけもわからないままお参りして手を合わせているだけで
子供ながらに、気分が良かったり、清清しかったり、
楽しく感じたりした。
「勝手についてきたんだよ」
祖母はいつもそう言っていたけれど
きっと言葉で表面的に理解するのではなく
「自分が感じる」ことの大切さを知る機会を
僕に与えてくれようとしたのだと思う。
服装は派手だし、声も大きい
自分中心に世界が回っているタイプの
祖母と一緒に歩くのは恥ずかしかったけれど
二人旅は僕の大学時代まで続いた。
行き先を知らされないまま
新幹線のチケットを渡されたこともあれば
先乗りした祖母から旅先に呼ばれたことも。
僕がクルマの免許を取ってからは
祖母を助手席に乗せて旅したこともあった。
物書きをしている今、調べ物をすると
「ああ、あれはそうだったのか」と祖母の旅の意図に
改めて気付かされることがよくある。
点にすぎなかった祖母との旅の思い出は
今では一本の線になってきている。









