巻頭エッセイ
人間はゼロで生まれるわけじゃない
僕にとって美術館巡りは、ウインドーショッピングに似ている。
自分に似合いそうな服はないかなと意識を集中して歩いていると
「これは」というモノは絶対に見逃さない。
意外とボンヤリ歩いていても、向こうから
「そこのお兄さん」と言い寄ってきたり。
美術館でも自分に語りかけてくる絵はあるか
自分がどの絵に反応するかが楽しみなんだ。
だから、僕は美術館では、まず早足。
反応したときに、足がピタリと止まる。
もちろん「今日は全然来ないな」って時もあるわけで、
出会いのある日はラッキーということ。
でも大抵の人は、自分は無知無学の徒で
今日はちょっと高尚な世界を勉強しようとか
アートに触れると高級な香水のように染み込んで
自分を少し高められると思っている。
そんなの嘘、嘘。
言ってみればアートは自分の質を見るための鏡なんだ。
自分が生まれながらにして持っている質
個性と言ってもいいけど、それが感応する。
人間はゼロで生まれてくるのではない、というのが僕の生命観。
生命体として整ったから生まれ落ちたのであって
つまり、それが自分の質ってヤツだ。
そして自分がどんな質の人間なのか
ゆっくり発見するのが教育なんだと思う。
だからさ、子供が生まれた時に
「どういう子に育てよう」ってのは間違いなんだよ。
「この子はどういう子になるんだろう」というのが
親の正しい態度じゃないかと。
育てようとか、導こうとか気負うのはおかしい。
こんな子になってほしいなんて押し付けない。
早期教育とか、英才教育とかで
親が強いた色と自分本来の色がぶつかって
何色だかわからなくなったら可哀相でしょ。
でもさ、子供って優しいから、親に心配かけないように、
親が喜ぶように一生懸命頑張っちゃうんだよね。
そうして本来の自分の質をゆがめながら大人になっていって、
ある日突然壊れちゃう。
まあ、子供の質がよくわからないから、将来への選択肢を
増やしてやりたいという親心はよくわかる。
でも、親が用意したものはやっぱり偏るから
そういう人生のインフラ整備みたいなことは
社会がやったらいいんじゃないかなと僕は思う。
今走っているバスに慌てて乗り込まなくても
地下鉄もあれば、飛行機もある。
ゆっくり歩いて行ってもいい。
学びの場もさ、今ある社会インフラみたいに
子供が自主的に選べる豊かさっていいよね。
おすすめコンテンツ
-
- プレジデント
- 座間聖季さん&鶴田浩之さん(社会起業家支援委員会)
- 日本初!「社会起業支援サミット」開催します!
-
- プレジデント
- 岩瀬大輔さん(ライフネット生命副社長)
- 「素泊まりの旅館、のような保険を目指しています」
-
- プレジデント
- 乱世に伸びるリーダー、落ちるリーダー
- 激動の時代に組織を率いていくために必要なものとは
-
- Family
- 「やりたい事が見つからない」夢を持たせる6冊
- [よのなか]科の推進者・藤原和博 お薦めの 「未来を開く本」









