巻頭エッセイ

勉強が苦にならないように

 
 

益川敏英 物理学者

 
 

「勉強ができない」という言葉は曖昧だ。
勉強してもなかなか理解できない子もいれば、
勉強という行為が苦手な子もいる。
頭の良し悪しは別にして、学業に取り組むのが苦にならないように
スタートラインに立たせる。
これは親の責任なのだと思う。
習慣付けさえできれば、あとは自動的に自分でやるようになる。
「勉強しなさい」と口うるさく追い立てるのとは違う。
強制した段階で勉強は辛いものになる。
読むことを強制された本なんて面白くない。
子供に読書の習慣を付けさせたいのなら
教科書以外の本に自分から手を伸ばすような、
自然な環境をつくってやることだ。
勉強も同じこと。
商売人だった僕の父親は科学の知識が豊富で
学校では教わらない科学の仕組みを、
幼い僕にいつも話してくれた。
だから理科や科学に関心を持つことができた。
疑問に思ったり、不思議に感じる経験を、
子供にたくさんさせてほしい。
スタートラインに立たせた後は、親は余計な手を出すべからず。
これが信念だ。
僕は親から勉強しろと言われたことがないし、
自分の子供たちに言ったこともない。
家のことは女房に任せきりだったから
進路のことで子供と話をしたこともない。
僕は女房の報告を受けて追認するだけ。
大体、進路の相談をされて
「これがやりたい」という子供に「やめておけ」とか
「こっちのほうが面白い」とか言えるだけの知識や経験を
持ち合わせている親がどれだけいるのだろうか。
自分が大学を出たのも大昔なのに。
進路の悩みを聞いてやるのはいい。
人に話しているうちに心は決まる。
悩みなんてそういうものだ。
二人の息子はそれぞれの意志で進路を決めた。
長男は理学部に進んで化学の研究者になった。
次男も理系の大学に進んだが、
畑違いの流通の世界に飛び込んだ。
なぜ理学部を選んだのか、しかも父親の居場所である
物理ではなく、少しズラして化学にしたのか。
どうして流通の世界に行こうと思ったのか。
理由を聞いたことは一度もない。
親同士として、議論ができる年頃になったし
今度、一度、聞いてみようか。

 
 
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