巻頭エッセイ

子育て後の夫婦再発見

 
 

あさのあつこ 作家

 
 

大好きだったお父さんお母さんから
子供がだんだん離れてゆくように
親も100%の親から
少しずつ少しずつ親ではない部分が出てきて
本来の“私”に帰ってゆく。
それが子離れだと思う。
70%母親で30%が私のとき
50%母親で50%が私のとき
それは同じ私であっても微妙に違う。
そうやって自分が変化してゆく過程も楽しめたらいい。

空(から)の巣症候群という言葉が一時期流行った。
子供が成長して巣立った後に
「私は誰からも必要とされなくなった」とか
「今までの私の人生は何だったの?」
と寂しさや虚しさを感じて思い悩むのだ。
でもそうやって心がグチャグチャするのは
それだけ必死で母親をやってきた証し。
子育てを終えたら
いきいきと自分らしく生きようなんて
わざわざ負荷をかける必要はないと思う。
落ち込んだり。
ぽっかり孤独を感じたり。
何もする気が起きなかったり。
全部、自分。
100%の母親では絶対に味わえない“私”。

子供たちが独立して
夫婦二人だけの生活に戻った。
もともと無口な夫だから
夫婦の会話が増えるわけでもない。
でも、何も話さなくたって全然気まずくない。
二人きりになったから
もう一度絆を確かめ合わなきゃいけないとか
同じ趣味を持たなきゃいけないとか
「何々しなきゃいけない」は、なし。
多分、夫婦の個性みたいなもので
あまり喋らない関係というのもあると思う。
夫はカメラが趣味で、月に一度
二人で撮影旅行に出かける。
撮るのはもっぱら風景写真。
「キレイなものしか撮らない」だって。
失礼しちゃう。

夫がカメラ片手に出かけている間
私はホテルで仕事をしていることが多い。
二人で美味しい夕食を取りながら、
「こんな風景を見て、こんな写真を撮った」
とポツリポツリ話してくれる。
熟れた木の実に付いた瑞々しい滴とか
流れのある川底に沈んでいる紅葉の赤とか
文字人間の私にはよくわからないけれど
「あ、この人、こういう感覚なんだ」と
再発見するのが新鮮でどこか楽しい。

 
 
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