気鋭の精神科医・名越康文 お薦め
「人間の本質に迫る本」
「しつけが思うようにいかない」理由に気づく8冊

Nakoshi Yasufumi
1960年生まれ。精神科医。京都精華大学人文学部特任教授。思春期の子供を中心とした臨床を行うとともに、テレビや雑誌で映画評論、漫画分析など、さまざまなメディアで幅広く活躍。
近著に『薄氷の踏み方』『オジサンって言うな』など。携帯サイト「名越康文のココラボ」も好評。
佐藤雅子=文
市来朋久=撮影
感情を全肯定するかぎり
親子の関係はどんどん壊れていく
まず1冊目にあげたいのは、内田樹先生の『ためらいの倫理学』です。
子供の才能を伸ばすための本はたくさんあります。しかしそれらの本には、伸びたその先のことは書かれていません。子供たちは「成績が伸びたら良い学校に入れるの?」「先生に気に入られたら学校生活がうまくいくの?」「友達と喧嘩したらどうなるの?」と、言葉では表現しなくても漠然とした不安を抱えています。それを大人が誰ひとり受け止めてやれなければ、その子の心は破綻します。
ところがどの親もまず、わが子には勉強や成長で後れを取ってほしくないと思っています。だから、子供が挫折したり成績が悪かったりすると、焦りからキレたり本気で怒ったりしてしまいます。そして、親子の関係はどんどん悪化します。
つまり、親子関係がぎくしゃくするのは、人間が絶えず感情に振り回されながら生きているからです。感情に支配されてしまった人間は、右に左に不規則に回る遊園地のコーヒーカップのように、一貫した行動が取れなくなります。なぜなら、感情は自分の意志や信念とは裏腹の動きをするからです。
『ためらいの倫理学』を読み進めていくと、感情は自分のすべてではなく一部である、という認識を持つことが大切だということが理解されてきます。これは、きわめて重要な示唆だと私は思います。
戦後、特にバブルの初めごろから、世間では「人間は感情の動物だ」とか、「もっと自分の感情を大切にしよう」といったことが叫ばれるようになりました。しかし、感情のままに生きることがどれだけ危険か、その恐ろしさに私たちはまったく気づいていないのです。
人は感情によって人生を狂わせ、争いを起こし、ひいては戦争さえ始めます。感情には破壊的なパワーがあり、そのブレーキとなるのは理性です。この理性をどう使うかというヒントを、『ためらいの倫理学』は与えます。人は自分が正しいとつい信じ込んでしまい、それを相手に強要してしまう。でも一度立ち止まり、自分は間違っているかもしれないと思い直せることが真の知性で、この知性がもたらすためらいや謙虚さこそが理性であると、内田先生は説いているのだと思います。
こうして冷静に自分の感情を見つめ直したあとは、スリランカ仏教界の長老、アルボムッレ・スマナサーラ氏が書かれた『怒らないこと』で、感情、とりわけ、「怒り」の恐ろしさに目を向けてみるといいと思います。
スマナサーラ氏は1980年に来日して以来、初期仏教思想の普及に尽力しておられる方です。『怒らないこと』の中で氏は、怒りという感情は仏教的観点から言えば最も破壊的で罪深く、他人に迷惑をかけるのはもちろん、自分の精神・肉体をもむしばむものだ、ということをわかりやすい言葉で解説しています。
人から不条理に怒りをぶつけられるのは、誰にとっても大きなストレスです。しかし、ときに親は自分の感情をコントロールすることができず、大声をあげたり手をあげたりして、わが子に対して怒りをあらわにします。感情的に怒られた子供は萎縮し、極端な場合は成長を阻害されます。そして怒る親自身もどんどん傷つき、満身創痍となって人生を失っていくことにもなりかねないのです。
(続きは本誌をご覧ください)
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