家事と子育て、夫がもう少し協力してくれたら……
「昔の話を蒸し返さない」
共働き夫婦がもっと幸せになる知恵
英国で100年間、読み継がれてきた『DON'T FOR WIVES』。
和訳で「妻がしてはいけないこと」。
日本語版には夫に協力を得るためのヒントが満載ですが、
プレジデントファミリー2009年7月号では、その中から
すぐに使える知恵の数々をお届けしています。
また、一介のパートから企業トップまで上り詰めた、
ブックオフコーポレーション・橋本真由美会長の経験談も
同時掲載。ここではそのお話の一部をご紹介します。
41歳のとき、時給600円のパートとして働き始めたブックオフ会長の橋本真由美さん(60歳)は、どんどん仕事にのめり込み、店長、正社員、取締役と上り詰め、57歳で社長に。そんな橋本さんに夫と子供の操縦法を伝授してもらおう。
橋本さんの家族は
働きに出ることに賛成してくれましたか?
結婚後18年間専業主婦だった私がパートに出たのは41歳のときです。近所にブックオフ1号店が開店するというのを新聞の折り込み広告で目にして応募、オープニングスタッフとして働き始めました。当時中高生だった娘2人の学費の足しになればという軽い気持ちからでした。
私も主人も福井県の田舎育ちで、長男は偉い、家長の言うことは絶対という考えの中で育ちました。親類とのお付き合いも大切にする土地柄です。ですからパートに出るときも、家事は絶対おろそかにしない、家族や親戚を優先する、ということで主人に了承を得たのです。そのことについて、私自身、なんの疑問ももっていませんでした。
娘たちは賛成も反対もしませんでした。ただ、あとから考えれば専業主婦時代は時間がたっぷりあったこともあって、娘たちをものすごく束縛していた気がします。小さい頃は習い事、大きくなってからは勉強や門限にうるさい教育ママだったので、私が働きに出たことで、子供たちはむしろほっとしたかもしれません。
もちろん当時は自分が子供をかまいすぎているという意識はありませんでした。ただ子供のためによかれと思っていただけ。子育てに限らず、何でも必死になってしまうタイプのようです。中間テストが返ってくる日には玄関で帰りを待ちかまえて、「こんな成績じゃ、どこどこの学校しか行けないわよ!」とガミガミ言ったりね。それが働くようになってからは「あれ、もうテスト返ってきたの? できた?」(笑)。子供に関しては私の場合、あのときああいうかたちで手を離してよかったのだと思います。
今までどおり家のことも子供のこともきちんとこなし、パートはその残った時間で、と考えていましたが、24時間は限られています。それに外に出てみると違う世界があって、とにかく仕事がおもしろかった。時間がなくて結果的に家事がおろそかになることもたびたびでした。出張前だというのに、クリーニング店からYシャツを戻していない、なんてこともありました。
主人とは何度も衝突しました。「俺とブックオフ、どっちが大事なんだ」と迫られたこともあります。仕事に打ち込むあまりついつい帰りが遅くなってしまい、夕飯の支度やアイロン掛けに手が回らない私に堪忍袋の緒が切れてしまったのでしょう。
でも仕事はどうしても辞めたくない。ですから「ちゃんとやるから続けさせて」と頼みこんで、しばらくは早く帰ってご飯もちゃんと用意するなど頑張る。でも、少しするとまた手を抜いて主人の雷が落ちる――その繰り返しでした。
(……続きは本誌をご覧ください)









