巻頭エッセイ

何のための家族旅行か

 
 

文・尾池和夫 京都大学総長

 
 

いわゆる「家族旅行」をしたことがない。
妻と二人で出掛けたことはある。
息子と、あるいは娘と二人だけで出掛けたこともある。
でも家族揃ってどこかへ旅行をしたという記憶はない。
あまり意味がないと思っていたからだ。
普段家族サービスができない父親が、罪滅ぼしのために、機嫌をとるために
旅行に連れて行くことが、子供のためになるのだろうか。
ぼくにはよくわからない。
その代わり、一流のホテルに連れて行ったりはした。
別に遠くへ出掛けたわけではない。
家の近くでも構わないからホテルへ連れて行き、レストランでディナーを食べさせ宿泊してみるのだ。
幼いうちからそんな経験をすることで「本物」を口にし、「本物」の流儀を知り、
「本物」がわかる人間に育てたい、それがぼくの考えだった。
あと、わが家で家族旅行といえば帰省だ。
盆や正月にはぼくと妻の郷里へ息子と娘を連れて行った。
そこにはおじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて、親戚がいて、親戚の子供たちがいる。
そんないくつもの家族が集まる大家族を、子供たちに経験させたかったのだ。
最近、帰省を嫌う夫婦も多いと聞く。
確かに気疲れもするし渋滞だって大変だろう。
でも我が家とは違うよその家族を見、肌で感じ、交わることは、
ハワイや沖縄に家族だけで出掛けるよりもきっと子供のためになる。
いまでは息子も娘も自分の家族を持っている。
正月には寄り合ってホテルで大宴会を開いたりする。
そこにはぼくたち夫婦がいて、子供たち夫婦がいて、孫たちがいる。
ぼくがやったことを子供たちもやってくれている。

 
 
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