えんぎもの 夏

 目には青葉 山ほととぎす 初鰹。これは江戸中期の俳人・山口素堂の句だ。江戸っ子が大好きな初夏の風物を三つ詠み込んだこの句が巷間(こうかん)知られるところとなり、江戸っ子の間では、初夏に出回る「初鰹」を食べるのが粋で、えんぎがいいとされるようになったという。江戸っ子ならずとも、初鰹が恋しい時季になった。

 落語や歌舞伎で有名な“髪結新三(かみゆいしんざ)”の一場面で、主人公の悪党、新三は大店(おおだな)の白子屋の一人娘をかどわかし、自分が暮らす長屋に閉じ込めてしまう。白子屋から頼まれた侠客(きょうかく)の親分、弥七(やたごろうげんしち)が新三のところへ乗り込んで、10両を身代金として渡すから娘を返せと迫るのだが、10両ばかりで返してやるものか、と埓(らち)が明かない。啖呵(たんか)を切って追い返し、初鰹で一杯やろうとしているところへ、大家の長兵衛が親分の代わりにやってきて、今度は30両で返せと言う。店子(たなこ)は大家には逆らえず、娘をしぶしぶ返す、というお話。

 その大家が老獪(ろうかい)な爺(じい)さんで、30両での取引をなんだかんだとはぐらかし、半分の15両からさらに滞っていた家賃分だと2両を引いて渡した揚げ句、「鰹は半分、もらったよ」とにやりと笑って、半身の鰹を抱えて帰っていこうとするのだ。

 身代金をがっぽりせしめてやろう、それを見越してちょいと贅沢(ぜいたく)、と買った初鰹は、「まな板に小判一枚 初鰹(宝井其角)」、今の貨幣価値に換算するなら1匹7~8万円ほどもしたというから、ちょいとどころか大変な贅沢品だ。まんまと半身を手に入れた大家がにやりと笑ったのもむべなるかな。当てにしていた大金は入らないわ、鰹は半身持って行かれるわ、散々な新三なのであった。

イラスト=川口澄子 文=編集部