針金一本で神経を抜く活け締めは
世界に誇る絶技

 
 
文・福地享子
ふくち・きょうこ●かつて女性誌の編集者、その後、鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在、築地の書庫「銀鱗文庫」役員。最近、明石を2回訪れ、繊細な魚の扱いや独特のセリを見学し、感動しきり。
 
 

 市場の出前授業として開催された「親子魚料理教室」に参加した。テーマはサケ。うけたのは、料理より丸ごと一尾をおろすことだった。主催者側の方が「さぁ、みなさん、サケの解体でーす」と告げるや、子供たちの目はランラン。おっと、おろすじゃなく、解体なのね、とちょっぴり苦笑いでしたけど。

 解体という言葉、マグロの解体ショー人気からだろうが、市場じゃマグロの解体は毎日のこと……といいつつも、出くわせば、見入ってしまう。「ネエサン、素人衆みたいなことして」とからかわれたって、その場を動けない。
 解体ショーといえば、古くは「包丁式」。こちらはぐんと格調高く、烏帽子装束で、いっさい素手は使わず、包丁とまな箸で、タイなどさばいてみせる。お大名の正月の宴にも欠かせぬパフォーマンスであったとか。奥義、秘儀とされた技を、やんごとなき方々も、さぞや目をランランで、見入ったんでしょうね。
 解体ショーも包丁式も、根っこにあるのは刺身への憧憬、そう思う。日本料理は「割主烹従」、材料を切り割いて生で食べるのが主であり、煮たり焼いたりは従、とする考えが基本にあるが、ま、そんなお固いこといわなくたって、刺身は日本料理いちばんのごちそうである。

 それゆえ、日本の水産業は、生食にこだわり、それをめざしてやってきた、といってもいい。都会の消費地で、日持ちのしないイワシやサンマ、サバなどの青魚ですら、生で食べられるなんて、日本だけじゃないかしら。そこに隠れているのは、漁船に搭載する器具の改良、輸送技術の開発、氷にまで新技術を投入と、ここまでやるか、の技術力である。
 究極は魚を活かしたまま届けることだが、これは日本のお家芸。300年以上前、元禄時代の人気作家、井原西鶴さんも、ちゃんとそれに触れている。西鶴さん、どこまで現場取材したのかしら。ベストセラー『日本永代蔵』では、活けのタイを生船と呼ぶ活魚船で運び、リッチマンとなった男を綴っておられる。

明石では、タイの尾に近い部分のウロコを一枚はがし、その裏から針金をスッと差し込んで神経を抜く。跡形も残らない絶妙の技。

 活けで運ばれた魚は活け締めするが、タイなど大きな魚は、神経棒と呼ぶステンレスの針金で神経を抜く。築地では、尾の部分を切って、そこから神経棒を入れるが、兵庫県明石浦ではすごい技を見た。ウロコ一枚をはがし、そこから刺すのである。百発百中で神経腺を探りあてるとは。感動の超絶技巧とはこのことだ。
 活け締めは、刺身として食べる頃合いを考えるとともに、おいしく食べる時間を長く保つことができる技。海外の料理人の間でも噂の、卓越した技術である。

 正月は、暮れに仕込んだ魚三昧の日々を送るけど、ふっと殊勝な気持ちになって思うのは、日本の魚に対する技術力だ。それは、世界が認める日本の中小企業のテクノロジーなみ、と、いいたい。下町の小さな工場でロケットの部品がつくられていることに驚きながらも、魚だって負けちゃいない、と思うのだ。ただ魚にとって不幸なことは、日本では鮮度がいいなんて当たり前過ぎて、思いがそこにいたらないことだ。なにせ活魚輸送なんて、西鶴さんの時代からですもん。

 日本の食文化をユネスコの世界無形文化遺産に登録するとかで、3月には申請書を提出するとのこと。日本の食文化として、この高い水産技術について言及されるのかしら。海外に、日本の水産技術について、一発ガツンとかましてほしい、なんて、刺身なぞつつきながら、悶々と願っておるんですが。

 
 
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