人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡 第123回

 
 

×月××日

 最近、月に一度の密かな楽しみがある。それは墨田区にある「駒形軒」という惣菜屋で立ち食いをすること。毎月、仕事で墨田区役所に出かけているのだが、その帰りの立ち食いがたまらなく楽しいのだ。
 偶然見つけたその店は、昭和の匂いを残す揚げ物専門店である。店先に無造作に置かれたパイプ椅子。風船を使った不器用な装飾。強引につけ加えた手書きのメニュー。人間味溢れる下町らしい佇まいが胃袋に手招きしてくる。

下町の惣菜店「駒形軒」は揚げ物天国な店。揚げたてのコロッケ、メンチカツ、ハムカツを立ち食いするのが密かな楽しみ。

 さて、今日は何を食べよう……食いしん坊の迷路を彷徨う時間がまず楽しい。王道のコロッケを外すわけにはいかないけれど、野菜、カレー、コーン、カボチャ、カニクリームのどれにするか決められない。ハムカツも抜群にうまい。が、メンチカツも捨てがたい。ちょっと待った。チーズ入りのメンチもあるけど、チーズ入りのほうが20円安いのはどういうことだろう? 鶏の唐揚げは定番中の定番だし、看板メニューの焼豚を無視するのは失礼だし……おっと、今日はポテトサラダとマカロニサラダも残っている。
 寒空の下、自問自答すること約5分。結局この日は、カレーコロッケとハムカツという組み合わせに落ち着いた。しかもちょっと奮発して120円のマカロニサラダまで付けたりして。大人のおやつとして、これほどの精神的贅沢はない。

 夫婦と思われるおじさんとおばさんの連携プレーも見事。もちろん注文を受けてから揚げ始める。古新聞の切れ端をくるっと丸めて、揚げたての熱々をそこに入れ、中濃ソースを丁寧にかけてくれる。
「ハイ、お待たせ。280円ね!」
 ハフハフしながらコロッケをかじる。あぁ、自分はなんて幸せな男だろう。仕事の途中、ランチタイムでもないのにこういうものを食べているという罪悪感がこの旨さを後押ししているのかもしれない。

 ここだけの話、それでもなお20分くらい時間が余っている時は、駒形軒の隣にある銭湯に立ち寄ることにしている。さッと浸かるだけで、髪の毛は洗わない。仕事のサボり方にも自分なりの流儀があるのだ。

×月××日

クリストフルの「ライスグルメスプーン」は、カレーを食べるのに最適な形状、デザインだ。

 僕は“一生モノ”という言葉に弱い。最近入手して最も気に入っている一生モノは、パリのシルバーウェアの老舗、クリストフルが日本人のために開発したカレースプーンである。正確には「ライスグルメスプーン」と言うらしい。ご飯を食べる時に握りやすいように角度が調整されていたり、エッジを薄くしてジャガイモやカツを切りやすくしていたり。カレー好きにはたまらない逸品である。

×月××日

 前々から気になっているスイーツがあった。それは関西で爆発的な人気を誇っているというロールケーキである。関西のロールケーキと言えば堂島ロールが有名だが、それより前からそのロールケーキは人気を誇っていたらしい。つまりロールケーキブームの火つけ役と言っていいだろう。その名は何と、小山ロール。小山進さんというパティシエが開発したため、そういう名前がついたようだ。初めてその名を聞いた時から、同じ小山を名乗る者として、一度は行かなければいけないと思っていた。

名前に惹かれて訪れた「エス・コヤマ」はケーキショップやカフェ、マカロン専門店などが並ぶ一大スイーツ王国であった。

 そして先日、ついに訪問のチャンスが訪れたのである。場所は兵庫県三田市。三田と聞いて「牛肉」のイメージしかなかったが、実は関西スイーツの知られざる拠点でもあったのだ。そして実際に行ってみると……小山進さんの店「エス・コヤマ」はサプライズの連続であった。

 まず立地がスゴイ。賑やかな駅前の商店街ではなく、開発途中の住宅地のど真ん中。しかも小さなケーキ屋さんかと思いきや、敷地だけで1500坪。ケーキショップ、カフェ、お菓子教室、マカロン専門店に、チョコレート専門店、パン屋、さらには駐車場を3つも完備した一大スイーツ王国なのだ。平日の午前中だと言うのに、すでに駐車場は満車。一番のお目当てだった小山ロールは、フラッと立ち寄って入手できるようなシロモノではなかった。けれども、“小山ぷりん”に“小山チーズ(ケーキ)”“小山流バウムクーヘン”と店内は“小山”だらけ。親近感が沸かないわけがない。結局、“小山ロールじゃないロールケーキ”というのを買って、テラスで食べた。生地がしっとりしていて、クリームの甘さにも切れがあり絶妙。小山ロールじゃなくても十分うまい。

 スイーツ好きにとって、ここはまさに「おとぎの国」と言っていいだろう。残念ながら小山さん本人には会えなかったが、そこで画期的な新商品があることを知った。それは「おうちで学べる小山シェフのパティシエレッスン」と名付けられたお菓子の通販教材。月に一度、小山さんが開発した魔法の粉と専用レシピが自宅に届く。味のムラが出にくい特別な粉を使ってレシピ通りに作れば、究極の家庭スイーツが出来るのだとか。

お菓子の通信教材で、秘書のまるこが作ったマフィン。見た目も味も絶品であった。

 面白そうなので、すぐさま事務所に取り寄せて、秘書のまるこに作らせてみた。お菓子作りに関しては全く素人の彼女が、キッチンで格闘すること1時間。完成したのはシンプルなマフィンだった。
 見た目はなかなかの出来映え。きれいに膨らんでいて、とても素人の作ったものには見えない。が、味はそれ以上に素晴らしかった。表面はカリッとしていて、中はしっとり。甘過ぎず、でも、素朴過ぎず、やみつきになりそうな温もりのある味。まるこをお菓子部長に任命して、店を開いてもいいと思ったくらいに、そのマフィンは絶品だった。自宅で好きな時にこれを焼けるようになれば、もしかすると「エス・コヤマ」で買い物する機会は減るかもしれない。なのになぜ、小山さんはあえてこれを発売したのだろう? ホームページを覗いてみると、その想いが記されていた。

 いくらプロのパティシエでも、愛情溢れる母親の手作りおやつにはかなわない。ならば、その母親にノウハウを提供することで、親子の絆がより深まれば嬉しい、と。
 お菓子は世の中を笑顔にする。実際、まるこがマフィンを作ったその日、事務所は一日中笑顔に包まれていた。

 
 

「駒形軒」
東京都墨田区東駒形2-9-8
TEL 03-3623-6436

「PATISSIER eS KOYAMA(パティシエ エス コヤマ)」
兵庫県三田市ゆりのき台5-32-1
TEL 079-564-3192

 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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