頭も皮も内臓も、
名人の手にかかれば立派なおかず

 
 
文・福地享子
ふくち・きょうこ●かつて女性誌の編集者、その後、鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在、築地の書庫「銀鱗文庫」役員。築地ばかりでなく、漁港へ、畑へと旬を求めて飛び回る毎日。
 
 

「ホレ、トンビだ。トンビの襲来だ」
 これがヤマチャンの私へのオハヨウがわりだ。
「トンビはよ、空をグルングルン回って、餌見つけるとヒュッとおりてきて、かっさらってくじゃねえか。オメエときたら、まったくそれだもんな」
 思わず笑っちゃうほどのヤマチャンの図星な指摘である。

「昔、場外には蔵トンビというのがおりましてね」
 そう教えてくれたのは、水産ジャーナリストの長老だった。
「どこの蔵にはなにがある、あそこにはあれ、と知ってて、商機があればすかさずそれを仲介する。ブローカーというんですかな。蔵トンビと言ったもんです」
 市場で蔵といえば倉庫。そこに貯蔵してある塩ザケや佃煮ほかもろもろを仕入れては売り、その利ざやで稼ぐのが蔵トンビ。だれがなにを欲しいのか、どこにあるのか。こまめな情報収集と人脈づくり、目端がきいてこそできる商売だ。私はトンビでも、そんな高等なもんじゃない。ヤマチャンのおかずが目当てのケチなトンビだ。
 築地市場のなか、ちょっと注意して歩けば、あちこちで魚をおろす光景に出くわす。マグロのような大物はべつとして、小物でいえばひところ前まではアナゴやコハダぐらいだったが、今ではなんでもおろす。注文によってはフライ用のアジだって。豊洲の新市場建設のプランでは、さらに増えるであろうこうした作業のため、加工施設の導入は不可欠、とされているほどだ。

捨てられてしまう魚の頭も、ヤマチャンの包丁さばきと料理の技によって、立派なおかずになる。

 ヤマチャンは、その魚おろしのベテラン。フグの免許を持つほどに包丁遣いもうまいが、それにも増して感心するのは、魚の扱い。ヤマチャンの手にかかると、頭、皮、内臓と、生ゴミとなるようなものも、みごとおかずになってしまう。
 たとえば、ヒラメの頭は昆布をおごっただしをつくり、豆腐といっしょの鍋に。
 タラの頭は、ぶつ切りにして塩をして一晩置き、さっとゆでこぼし、ねぎと合わせてみそ仕立ての汁に。
 ついでにタラの胃袋は、開いてぬめりを包丁でしごき落とす。大食漢らしい分厚い皮がとれるが、これを熱湯でゆでて細切りにする。ポン酢しょうゆをつけて、口に入れるとコリコリッとした食感がよく、しみじみとした酒の肴になる。
 カツオやブリ、ヒラメなどの骨からとった中落ちは、づけよし、つみれよし。
 マグロの脳天ならぬブリのそれもなかなかのもの。筋ばっているので、レア気味に焼いて、おろししょうゆと七味で。
 マダイの皮は、さっと炙って山椒で。河岸引け近く、ヤマチャンとこに顔を出すと、なにがしか、おかずにできそうな捨てモノがまな板の脇に転がっている。

「捨てる前によ、なんかこれ食えるんじゃないかって。今晩の酒のアテにできないかってよ」と、それを大きな出刃でぶったたいたり、刻んだり。
「エコだって? また、わけのわかんねぇこと、言う。つくってうまきゃ、いいんだよ。おもしれえじゃねえか」
 そうそう、エコだなんて言ってつくって、なにが楽しいものか。それよか、ひとが見向きもせぬもので料理して、どんなもんじゃ、と反り身になる快感。それが包丁を持つ手をはずませるのである。

 ま、神妙に手元でも見ていれば、そのうちこぼれる「食ってみるか」のひとこと。それを聞くまで、テコでも動かないのがおかずトンビの技といえば技でして。

 
 
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