サザビーズのオークションよりパワフルな

手槍のセリ

 
 
文・福地享子
ふくちきょうこ●かつて女性誌の編集者、その後、鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在、築地の書庫「銀鱗文庫」役員。旬の魚介や野菜を旨い料理にササッと仕上げる名人でもある。
 
 

 ツナ・オークションの見学再開。3月の大震災以後、中止していたマグロのセリ見学が始まった。マグロのセリはトウキョウ観光の目玉のひとつ。見学スペースをのぞけば、興味津々の外人客がズラリで、これが日々の光景だ。
 300キロだ、やれ400だ、という巨体マグロが整列し、カランカランと緊迫した鐘の音がおさまると、さぁ、戦闘開始。セリ人がマグロの番号を独特の節回しで叫べば、買い手は指を立てたり曲げたり。セリが進むにつれ、トーンアップしていくセリ人の声に、買い手の指の動きもせわしさを増し、熱気と緊張感に包まれていく。ことのなりゆきなぞ理解できなくたって、かのサザビーズのオークションだってかすんじゃうかも。アクティブでパワフルで。この元気を世界にアピール、というのが再開の理由だ。

 セリにはさまざまなスタイルがあるが、築地では、「番号ゼリ」による「上げゼリ」が主流。対象物に番号をつけ、買い手が価格を上げていくことで進行する。
 値は、手槍といって、指の動きでつける。人差し指を立てたら1。そこに中指を添えたら2。3は、世間さまとはチト違い、中指、薬指、小指を立てる。以下、4は3プラス人差し指。5は、ジャンケンのパー……といった具合。それぞれ形づくった指を横に振れば、ゾロメの意味。たとえば人差し指を立て、横に振ると11となる。単位は、アウンの呼吸。4桁にも5桁にも。そこは百戦錬磨の目利きたちですもん。

 とまぁ、きわめてアナログ的世界。
「機械でやってみようってこともあったけど、逆に手槍のほうがずっと早いって証明されちまって」と、笑い飛ばしてますね、マグロ関係者の方たち。
 たしかに手槍はすぐれもの。セリで口口に叫んでいては収拾がつかないだろう。日常的にも遠くのひとに値段を告げるのは、手槍のほうが確実だ。そのうち、数は口で言うより手槍で、が習い性となる。年のいった方に年齢を聞けば、手槍で答えてくる、といったあんばい。手槍は、市場のコミュニケーションとして、しっかり定着しているのだ。

近年、個別に価格交渉する「相対取引」がほとんどだが、マグロや活魚などは今もセリで取引される。

 築地市場でセリが始まったのは、昭和10年、中央卸売市場となってからだ。それまでの取引ときたら、「袖槍」「耳槍」等々、相対秘密のうちにおこなうものだった。仕入れの2倍で売れたら角兵衛で、3倍なら三角兵衛と、逆立ちを得意技とした角兵衛獅子にひっかけた、そんなもうけ話があちこちでささやかれたものだ。消費者にとっては不利益な、そんな商習慣を一掃したのが、公開で値が決まるセリであり、日本橋から築地への移行は、商いの一大革命であったといえる。

 現在、セリはマグロのほかには活魚、ウニ、エビ等々、鮮魚は少量で高値のつくものに限られているが、かつてはすべてがセリ。当時を知る還暦を過ぎた方たち、活気があったと懐かしんでますね。

「手槍っていうけどね、どうしたって欲しいってなると、槍を突く勢いで、前に手が出るんだよ、だから手槍」
「買えないと、コンチクショウで、セリ人に帽子を投げつける者もいた」
「長靴だって、飛んできたよ」
「あげくの果ては、セリ台をゆするんだよ、これ以上はやらせねぇって」

 いつもは苦虫かみつぶしたような顔して店の奥、というダンナ衆たちも、そんな昔話になると、顔もほぐれてヤンチャ坊主のあの表情。築地のヤンチャ時代、のぞいてみたかったですねぇ。

 
 
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