人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡 第117回
×月××日
なぜだろう? 料理屋で偶然出会った人と長くて深い付き合いになることが多い。食の趣味が合う人とは、人生観も共通するところが多いのだろうか。10年前、赤坂の「ざくろ」でランチの列に並んでいるとき、立ち話をしたことがきっかけで仲良くなったAさん。そのAさんと一緒に「タワシタ」というビストロを開いた。その2号店となる「ランディ」は、銀座の「鮨 さわ田」でたまたま意気投合したアメリカ人の食通の名前である。今となっては、Aさんもランディも生涯の友である。
そしてもう一人、料理屋で運命的な出会いを果たした友人がいる。医師のS先生である。S先生と知り合ったのは、那覇にある琉球料理の名店「山本彩香」。今思えばヘンテコな出会いなのだ。何と、S先生の住まいは北海道の美瑛。日本の北に暮らしている人と、日本の南で知り合ってしまったのだ。
以来、S先生が東京に上京するたび、色々なところに食事に出かけてきた。そして先日、ついに念願だったS先生の自宅におじゃますることができたのである。美瑛の丘の上に建つ、プール付きの瀟洒な邸宅。広いウッドデッキの先には、農作物が作り出す自然のパッチワークが広がっている。本当に溜め息をつくような風景で、それに見とれているうちに夕食の時間が訪れた。
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| 「オステリア・バローレ」は素直で繊細な料理が楽しめる。シェフの人柄が表れているようだ。 |
S先生が案内してくれたのは、「オステリア・バローレ」という一軒家のイタリアンレストラン。ヨーロッパの片田舎にありそうなオシャレな建物である。厨房にいるのは、若きオーナーシェフの才田誠さんだけ。誰の手も借りることなく、全てをたった一人でこなしている。そのひたむきな姿を見た瞬間、ここはうまいだろうと直感した。不思議なもので、いい店には幸せのオーラが充満している。
そしていざ食べてみると、これが確かに大当たり。地元の野菜をふんだんに使った健康的なイタリアン。一皿ごとに繊細なテクニックが駆使されているものの、どこか素朴で嫌味がない。食材をリスペクトしている優しさが感じられるのだ。聞けば才田シェフは、日々勉強を重ねているという。暇さえあれば、話題の店へ出かけ、“味わう”という経験を積んでいる。妙に突っ張らないその姿勢が、これまた素敵である。S先生の「ほらね、美瑛にも侮れない店があるでしょ!」という自慢げな顔が印象的だった。
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| S先生がふるまってくれた朝食は、搾りたての牛乳を取りに行くことから始まるのであった。写真の左奥に見えるのが「2ひきの猫」。 |
しかし、S先生が企画した美瑛美食ツアーのクライマックスはここではなかった。それは何と、翌朝の朝食だったのだ。早朝、リビングのソファーに座って寝ぼけ眼で美しい風景を見ていると、先生が何も入っていないピッチャーを手にして現れた。
「朝食を取りに行きますけど、一緒にどうですか?」
はて、取りに行くとはどういうことだろう? S先生は自宅を出ると、丘をつなぐ一本道を歩き始めた。360度見回してみても、食べ物を売っているような店はどこにもない。謎に包まれたまま歩き続けること10分、到着したのは「横山牧場」というところだった。「おはようございまーす」と声をかけ、牛舎に入っていく先生。そして「牛乳、もらいますよー!」と言うと、S先生は自らタンクの栓を開き牛乳をピッチャーに注ぎ始めた。搾りたての牛乳を並々とピッチャーに注ぎ終えると、「ありがとうね」とその場を立ち去る。「お金を払わなくていいんですか?」と尋ねたら、S先生は「うちの病院の食べ物を差し入れしているから、お互い様なんですよ」と笑った。
新鮮な牛乳を大事そうに抱えるS先生が次に立ち寄ったのは、何とパン屋。丘の一本道の途中に、古い家屋を改造したパン屋があったのだ。車に乗っていたら見過ごしてしまいそうな小さな看板に「2ひきの猫」と書かれている。ここでもS先生は勝手知ったる様子で工房に入っていく。焼きたてパンのいい匂いが充満している幸せな空間。自家製の石窯でせっせとパンを焼いていたのは、若い夫婦だった。夫婦揃って新潟で薬剤師をしていたものの、どうしても大好きなパンの仕事がしたくて美瑛に引っ越してきたという。“粉” という点では薬もパンも同じだが、かなり思い切った転職だ。収入も以前とは比べものにならないくらい減ったに違いない。けれども二人は本当に生き生きした顔でパンを焼いていた。
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| 若い夫婦が自家製の石窯で楽しそうに焼くパンは、まさに“ふくあじ”であった。 |
工房の棚には焼きたてのパンが並んでいる。バケットやカンパーニュ、レーズンパンにチーズの香ばしさが魅力のチャパタ。天然酵母と北海道産の小麦粉にこだわっている。粗熱を取っている途中のくるみパンをひとつ、つまみ食いさせてもらう。二人の人生が詰まっているようで幸せな味がした。これぞ究極の“ふくあじ”である。
搾りたての牛乳と焼きたてのパンを抱えて、丘の一本道を歩く。改めて深呼吸してみると、文句なく空気もうまい。S先生に「どうですか、美瑛?」と聞かれた僕は、ただ笑いながら白旗をあげるしかなかった。
×月××日
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| 健康のために飲み始めたグリーンスムージーだが、そのおいしさにはまってしまった。 |
毎年、誕生日が近づくと人間ドックに入ることにしている。そして送られてきた結果を見て愕然となり、食生活が少々変わる。そう言えばかつて、行きつけの弁当屋「司亭」で人間ドックスペシャルという名前の弁当を作ってもらったこともあった。今でも時々それを食べる。主菜は肉豆腐。それに生姜焼きとポテトサラダがつき、ごはんには鮭と梅をはさみ、それを薄い卵焼きで包んでいるという、冷静に考えればちっともヘルシーではない弁当である。
今年は健康にもっと本腰を入れようと決意し、朝食はグリーンスムージーだけにすることにした。最近、巷でにわかに話題のグリーンスムージー。緑の葉野菜とフルーツ、それに水を加えてミキサーにかけるだけの簡単な飲み物。特に決まったレシピはなく、自分の好みに合わせてブレンドすればいい。僕の場合は、グレープフルーツ、オレンジ、バナナ、リンゴ、キウイ、そしてほうれん草。これに水を少々と、氷を入れるのがポイント。冷たくなっておいしさが増すのだ。毎朝これをコップ2杯飲むようになって、確かに調子がよくなった気がする。
調べてみると、グリーンスムージーは、ローフードの料理研究家、ヴィクトリア・ブーテンコさんという女性が考案したものらしい。彼女公認のグリーンスムージー専門サイトまで立ち上がっていた。健康はともかく、何より癖になるおいしさなので、来年の人間ドックまで続けてみようと思う。

「オステリア・バローレ」
北海道上川郡美瑛町美沢共生TEL.0166-92-2210
「2ひきの猫」
北海道上川郡美瑛町ルベシベ第4TEL.0166-95-2388
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