築地直送 市場の日常おかず
第13回

 
 

魅力はきめ細かく上品な身、
そして女泣かせな風貌


 
 

料理・解説・コラム
築地「銀鱗文庫」役員
福地享子さん

福地さんは、かつては女性誌のスゴ腕編集者。築地市場の仲卸「濱長」勤務を経て、築地の書庫「銀鱗文庫」役員として、築地市場の隅々まで走り回ってレポートします。

 
 

 

  剃刀銀次と名づけやしたぜ、タチウオのこと。ぴったりの名だと、フフフの気分である。
 銀次とは、体全体をおおう色から思いついた。店頭に並ぶとその色はなにやらうすぼけてくるが、入荷したばかりの箱を開けると、まぁ、ビッカビカ。氷にうずくまりメタリックな輝きを放ち、磨きぬいた銀のごとし、なのである。包丁で皮目をこそげると、薄い銀の箔のようなものがたまる。昔はこれを模造真珠の材料にしたっていうけど、それもうなずける話である。
 で、剃刀。ひとふりの太刀のように美しい姿をしているが、実は人間さまをあやめる武器を隠し持っているのだ。ふっと気を許して顔でもつかもうなら、手のひらに一瞬、ヒリッと熱いなにかが走る。ポタッとそこから血のしずく。やられた、と気づくのはそのときで、細く深く傷ついたそこからの血は、もはや止まらない。
 ハモにアナゴ、およそ長物ニョロニョロ系の魚は、鋭い歯が特徴である。タチウオも釣針のような鋭利な歯が並ぶ。これについうっかり、やられてしまうのだ。
 純白の氷を染めていく血の色をいまいましい気持ちで眺めながら、いっぽうで、タチウオだけではない、魚全般に対して妙にいとおしい気分がわいてくるのもこんなときだ。
 たとえば腕に飛び散り、気がつけば皮膚にジワリと食い込んでいるマダイのウロコ。イサキのヒレは、泳いでいるときこそヒラヒラしなやかだが、料理するだんになると、その背ビレは意外に鋭く、凶器にも等しい。不器用だから、料理の途中、いろんな魚たちから傷を負わされてきた。しかし、痛みに顔をしかめながら、気持ちはいつも別なところを漂う。
 魚なんて他愛なく人間の手にかかるものだが、死してなおも抵抗を試みてくるそこに。あるいはみくびっていた相手に虚をつかれ、ウーン、おぬしやるな、と称賛するような気持ち。そのけなげさは抱きしめたくなるほどである(もちろん実際はやりませんが……)。
 いやいや剃刀銀次という思いつきは、ほかにもある。その風貌だ。スッとそげた頬に黒目が勝ったすごみのある眼差しは、どこか女泣かせの薄情さが漂う。剃刀のように女の心を切っさいて、あとは知らんぷりの。
 しかし、冷やかな銀におおわれた身には、実は情の濃さがたっぷり隠されている。焼けば脂がしたたり、脂肪の多い魚とわかるが、口にすれば身はきめ細かくあくまで上品淡白、余韻にはほのかな甘味。塩焼きがいちばんの料理とされるが、鮮度がよければ刺身。癖がなく、こんなにも食べやすくおいしいのかと驚かされる。すし屋さんでは、銀の皮目をこんがり炙ってタネにすることも。蒸してよし、揚げてもよし。銀次、なかなかの仕事師なのさ。
 かつては、瀬戸内海をダントツに九州、四国と西の海ではめっぽう獲れ、いわば惣菜感覚の魚だった。剃刀銀次という軽い調子もそこからだが、今や高級魚。東京湾の竹岡漁港からやってくるそれなどは、鮮度のよさもあいまって飛びっきりの値をつける。銀さま、それが口惜しゅうござんす。


 
 
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