溺愛率日本一?「インデアンカレー」研究

 
 

文・永浜敬子
ナンバーワンは阪神の勝利を確信して食べる8回表の甲子園球場のカレー。目の黒いうちに胴上げを見ながら食べたい。


撮影・徳山善行
関西出身の僕にとって「インデアンカレー」は思い出の味。久々に食べました。やっぱり旨かった。

 
 

目に見える具は牛肉のみ。さまざまな野菜などが一緒に煮込まれているが、完成時にはほとんど形がなくなっている。セントラルキッチン化することで、基本的に全店舗同じ味につくり上げてある。インデアンカレー730円。


 日本国を愛する以上に、大阪を愛する大阪人の自慢は数あれど、かなり鼻の穴を膨らましたい宝の一つに「インデアンカレー」がある。牛肉が2~3片にやや黄色っぽいルウ。なんの変哲もない洋食カレーの地味なルックスを、身構えることなく口に運べば、最初の一口は甘いのに1~2秒後にはカァーッ! と口の中が灼熱地獄に陥る甘辛攻撃に襲われる。
「辛いっ! そして旨い、旨すぎる!」
 そこからはもう、最後まで「甘い辛い旨い」をリフレインしながら、気がつけばあっという間に汗だくだく、皿は空っぽ。
 インデアンカレーを初めて食べた人は皆、まずこの最初はデレッとしているのに、後からツンとする“デレツン”にハートをわしづかみにされてしまうのだ。料理研究家の土井善晴さんも、「小学生の頃に初めて食べたときから、私のカレーはインデアンカレーが基本。今でも大阪に帰ると一人で食べに行く」と熱く語る。

 警視庁のテロ対策の特殊捜査班とよく間違えられるのだが、在京関西人で組織する「SIT」(S=最後の晩餐に、I=インデアンカレーを、T=食べる会/インデアンカレー非公認)の副会長を務めるほどに、私もインデアンカレーを愛している。
 関西を離れて十余年。東京砂漠で何が悲しいかというと、「阪神タイガースの完全中継」と「インデアンカレー」と「551の豚まん」がないことに尽きる。大阪出張の際は、新幹線に乗り遅れようとも、インデアンカレーを必食しないと死んでも死にきれない思いが強かったものだ。
 やっかいなことに、このカレー、談笑してたり、電車内など、なんでもないときにふと食べたくなるのである。ああ、それなのにインデアンカレーがない私の人生暗かった。過去はどんなに暗くとも、ケイコ(私)の夢は、平成17年、東京・丸の内店の進出で花ひらく。
 ここまで中毒性のあるインデアンカレーには、おそらくものすごい謎が隠されているはずである。しかも、レシピは一子相伝で、従業員でさえその全容を知らないというインデアンカレー。玉砕覚悟でその牙城に挑んでみた。

ルウをかけて15年。丸の内店の山田浩二店長。なぜ、大きな寸胴鍋から瞬時に2~3切れの肉をすくえるのかということも大きな謎である。

 昭和22年に法善寺で創業。以来、スパイスの配合は、寸分も変えていないという。いったいこの黄金比を生み出したのは、どんな偉大な料理人かと思いきや、意外にもそれは家庭の主婦であった。初代オーナーの奥内ハルミさんは、料理が大好きな芦屋マダム。「近所に住むいろんな国の外国人に料理を習ったノウハウをベースに日本人向きにアレンジした結果、うまい具合に甘さと辛さのバランスが絶妙になったのだと思われます」と、常務取締役の奥内博紀さんは、あっさりと誕生秘話を明かす。
 ええっ! そんな偶然の産物なの? インドの山奥で100年に一回しか咲かないという幻の花の茎の粉末とかが入っているんでしょ?
 あの手この手で探りを入れても「肉は牛肉。スパイスも野菜も特別なものは使っていない」を繰り返す奥内さんは、どう見ても嘘をついているとは思えない。

 インド料理研究家の渡辺玲さんは「コリアンダー、クミン、シナモン、クローブ、カルダモン、赤唐辛子粉、ブラック・ペパーなどオーソドックスなものの気がします。そこからさらにクローブやシナモンなど、香りが明確で説得力のあるものを増量しているような……」と分析するが、昭和22年当時は、今よりも入手できるスパイスの種類は限られていたはず。もしかしたら秘密にしているのは、あまりにも意外な真実で、われわれがショック死するのを防ぐための配慮なのか?
 うーむ、考えているだけでは埒が明かない。食べてからまた考えよう、ということでインデアンカレー全9店を改めて食べ歩いてみた。

「インデアン」とはアメリカ先住民ではなく、ターバンから察する通り「インドの」という意。

 創業の地でもある南店は、椅子に座ると同時に“目玉(卵2個)”や“ルウトリプル(3倍)でご飯少なめ”といったマイメニューが出される常連客が多い。この日、隣に座った初老の紳士は30年間、週に3回欠かさず通っているという。ざっと数えて通算4500インデアン! 恐れ入りました。
 老舗のバーのような落ち着いた空間が和める朝日店、常に行列が絶えない三番街店は、客の賑わいと流れるように美しいカウンター内のスタッフの精緻な動きのコントラストが素晴らしい。いずれの店舗もキャパシティーから考えるとスタッフの数が多いのがここの特徴だが、ご飯を盛る、ルウをかける、キャベツのピクルスを盛る、冷水を注ぎ足す、といったそれぞれに与えられた役割を機械より正確にそれぞれが遂行する。その阿吽の呼吸は能やクラシックバレエに通ずる様式美がある。ここでは「ライス3年、ルウ5年」。毎日毎日盛り続け、かけ続けてやっと一人前になれるのだ。

「あれほどまでに記号に満ちたカレー専門店はどこにもありませんよ」と語るのは、農産物流通コンサルタントの山本謙治さん。たとえば黄色は卵、緑はハヤシといったように色分けでメニューを示すのは、幼稚園のとき名札に使ったプラスチックの楕円形のチップ。船形に盛るご飯、ルウをかけるレードルの正確な返し、玉暖簾。符号であり象徴であり、そのすべてがインデアンカレーの記号である。

(続きは本誌をご覧ください)

 
 

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