築地直送 市場の日常おかず 第12回

 
 

悪魔の化身ともされるタコ。
しかし、本当の悪魔は……


 
 

料理・解説・コラム
築地「銀鱗文庫」役員
福地享子さん

福地さんは、かつては女性誌のスゴ腕編集者。築地市場の仲卸「濱長」勤務を経て、これからは築地の書庫「銀鱗文庫」を拠点に、市場の隅々までレポートします。

 
 

 

  半夏生。ハンゲショウと読む。夏至から数えて11日目とやらで、7月2日頃がその日にあたる。関西では、ハンゲダコともいって、その日、タコを食べる風習があるそうな。タコの足のようにしっかり大地に稲が根づくようにと、稲作農家の願いをこめて始まったという。ちょうど、瀬戸内海はタコの旬、田植えも終わってホッと一息、タコを囲んで一杯やってみたくもなりまんがな(エート、この関西弁、あってますやろか)。

 関西のタコで思い出すのは、ある夏に訪ねた神戸市場。名産明石ダコの産地とあって、じゅうたんのようにタコで埋め尽くされていた。築地市場で明石ダコの取り扱いは少ないから、あのじゅうたんダコ、ほとんど地元消費なんでしょうね。総務省の家計調査によると、神戸市の1所帯あたりのタコ年間消費額は堂々の1位である。続いて奈良市、高松市、大阪市の順。半夏生ならずとも、瀬戸内海を囲む地は、まっことタコをよく食べるようだ。
 築地市場には、半夏生の盛り上がりこそないが、活けのマダコの入荷量が増え、食べるにはまたとない季節だ。

 なんておっとり説明してみたが、実はタコの身体能力たるやすさまじいものがあり、ゆでるとなると……。
 活けのマダコは網の袋に入っているが、出したとたん、足をくねくね。吸盤でどこぞに張りついたら、金輪際、テコでも動かぬといったあんばい。
 やっとこさ、つかまえたと思えば、腕に巻きついてくる。ググッと締めつけてくる。それだけならまだいい。タコのヌメヌメはかゆみの素。タコ君をほっぽり出して、腕を水でゴシゴシ洗う。ちっとも前に進みゃしない。
 昇天させるまでのひと騒動ののち、今度はぬめりを落とすために塩でもむ。もむ……、なんて生半可なものじゃないな、これは。力を入れてしごく。いたぶってるといえるかも。
 そのぐらいしなきゃ、かの身体能力高きタコには効き目がない。

 そして、たたく。筋肉繊維をたたくことで切断し、ほどほどの柔らかさを得るためだ。本来ならタオルをかぶせ、すりこぎでたたく。しかし、時間のないおりなど、私、ビニール袋に入れて、頑丈な台に打ちつける。バシリバシリと。店の裏でこれをやっていたら帳場のネエサンが言うではないか。
「殺生って言葉、フクチさんのためにあるようなものね」
 そんな戯言(ざれごと)、聞く耳持たぬふりして、なおもバシリバシリ。
 そして、大鍋でゆでる。グラグラッと煮え立つ湯に、足をチョンチョンとつける。足先がクルリ丸まったら、頭までグイッと沈める。
 以上が、ゆでダコの全工程である。

 さて本日のゆで加減は、とざっくり切ったタコ足を噛みしめながら、ふっと思うことがある。欧米ではタコを悪魔の化身のようにいう。だが、逆じゃないかと。塩でいたぶり、たたきのめし、熱湯に押し込む荒療治。私のように心優しき者は、悪魔にでも心を売り渡さなければできない。人が悪魔に変わるのである。とまぁ、そう思うわりには、タコ食べたさにうれしそうな顔してしょっちゅうやっとりますが。


 
 
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