築地直送 市場の日常おかず 第10回
もっとも親しいカレ(イ)は、
おちょぼ口のマコガレイ
河岸の新人君時代、カレイには戸惑った。こんなにも種類があるとは。そのすべてを「カレイ」のひとことでかたづけてきたのだから。
「ホラ、眼と眼の間を触って。突起があって触ると痛い。だからメイタガレイ」と、先輩の教えにしたがって、触っちゃ覚え、のくりかえしだった。
それにしても、眼の間を触って痛いからメイタガレイ。ずいぶんとお気楽な命名法だが、実はやたらそんなのが多いのだ、カレイの世界って。
たとえば体側にゴツゴツと小石の固まりみたいなものがくっついているのはイシガレイ。ヤナギムシガレイは、柳の葉のようにヒラリと薄く細長い。ナメタガレイは、なめ散らかしたみたいに表面がヌルヌル。ヒレに黒っぽい斑点が並んでいるのがホシガレイ。と、ざっとそんなふう。
メイタガレイは煮つけがうまく、イシガレイはだんぜん刺し身、ヤナギムシガレイは、ひと塩して焼き物に。ナメタガレイは煮つけ。ホシガレイは、セリにかかると2万、3万の値がつくこともある超高級魚。高級料亭やすし屋御用達のセレブなカレイである。
こうして見た目も味も、価格も、千変万化のカレイだが、市場での日々、もっとも親しくしているのは、本日のお題であるマコガレイだ。おちょぼ口。犬の鼻づらをなでるように、眼と眼の間に触れるとウロコがあるのが特徴だ。そっくりさんにマガレイというのがあるが、違いはこの部分のウロコで、マガレイにはない。
親しくしてきた理由は、築地市場で重要な魚であることが大きい。「白身は、冬はヒラメで夏はマコ」と、江戸前のすし屋さんの伝統にあるように、東京湾で今でも揚がり、江戸前を張れる数少ない魚のひとつなのである。
江戸前モノが入荷するのは、春から。江戸から明治にかけて、品川での磯遊びを描いた風俗画では、砂浜でカレイを手づかみする姿がお決まりのように見られるが、出回る季節はそれと重なることになる。
そんな絵をいくつも見てきたせいか、福島県や茨城県から活魚の上モノが入ってきても、なぜか江戸前モノに肩入れしてしまう。もっともそれも道理で、たとえちっこい惣菜用でも、江戸前モノは不思議と身が厚い。薄っぺらなカレイでも、やはり身の厚さは選ぶおりの大きなポイントとなるわけで。
そして、イシガレイのように際だった磯臭さもなく、ホシガレイのように手が出せない価格でもない。味はまろやかで、食べやすい。刺し身、煮る、揚げる、焼くといろいろなおかずにオールマイティ。使いやすいのである。
煮つけ、かな。マコガレイでだれもが思い浮かべる料理は。しかし、汗ばむ陽気に、煮つけはちょっと敬遠したい気分。やや水っぽい身質なので、油を使ったほうがおいしいように思う。一番のお気に入りは、香草を使ったムニエルだ。皮はカリッと焼く。ほぐした身はホクホクであくまで白い。うまみも意外にしっかりしている。そして、そこにほのかに香草が香る。夏間近の夕べ、冷たい白ワインでも友にすれば、カレイ一尾で、たわいもなく幸せな気分になってしまえるのだ。











