小山薫堂の一食入魂 [108]
ランディに連れて行ってもらったロサンゼルスの
レストランは驚きと美味がしっかり両立していた
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

男は、3年前に偶然出会った食通のアメリカ人と親交を深め、
日本とアメリカでお互いにうまいものを紹介し合うようになった。
そして、彼にサプライズを仕掛けるべく、ある作戦を開始した……。
×月××日
人生は出会いの連続だ。小さな出会いが積み重なり、人生を輝かせるスパイスとなることがある。3年前、銀座の寿司「さわ田」で、偶然席が隣同士になって知り合ったアメリカ人……この連載でも何度か登場しているランディさん。お互いの利害に関係なく、ただうまいものを、楽しく食べるためだけに、東京の僕とロサンゼルスの彼はつながっている。最近では、ロサンゼルス出張のついでにランディと食事をするのか、ランディと食事をしたいためにロサンゼルスに仕事を作っているのか、分からなくなってきた。
今回の出張は3泊5日。3回ある夕食のうちの2回をランディと共にした。
最初の夕食でランディが案内してくれたのは、SLSというホテルのメインダイニング、スペイン料理の「THE BAZAAR」。スタイリッシュなクラブ風の内装で、客層もファッショナブルな人々が中心。いわゆる大箱のレストランで、オシャレだがここでうまいものにありつける気はしない。……が、世界中でうまい店を発掘して歩くことを趣味にしているランディのチョイスである。きっと何か特徴があるのだろう……と思ったら、確かにそうだった。
スペイン料理の古典と最先端を両立させたタパスの数々。定番のオリーブ漬けと薄い膜に包まれた液体オリーブが一緒に出てきて、比較しながら食べたりする。そしてフォアグラの綿菓子など、サプライズに満ちた皿が続くかと思えば、極上のハモン・セラーノやトリュフのリゾットなど、お馴染みのメニューが登場したり。しかもそのどれもが、ちゃんとうまいのである。シェフのジョゼ・アンドレは、かつて「エルブジ」のフェラン・アドリアに師事していたと聞いて納得した。
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| 「TAKAO」の泉田孝男さんが発案した、ハラペーニョ入りの焼酎ハイボール。この刺激的な味は日本でも絶対ウケるはずだ。 |
翌日の夕食は、ランディ行きつけの日本料理店「TAKAO」。店主の泉田孝男さんとは二十年来の付き合いらしく、ランディが最も信頼している日本人料理人である。昨夜のモードなレストランとは正反対の地に足の着いた和食。ここがアメリカであることを忘れてしまうくらい、居心地がいい。
孝男さんはロサンゼルスで仕事をしながら、日本の食事情にも目を光らせていた。
「最近、日本ではこれが流行ってるんでしょ?」と言って持ってきたのは、TAKAO特製の食べるラー油。ラー油と言いながら油が極端に少ないので、刺激的ではあるが体に優しい。ソフトシェルクラブの唐揚げにつけて食べたら、あまりのうまさにテーブルの全員が唸った。ペニンシュラのXO醤に匹敵するレベル。日本に輸入してウェブサイトで通販すれば、「楽天ランキング」の調味料ランキングで1位に輝くのは間違いないだろう。
そしてもう一つ、孝男さんのアイデアで感動したのが、焼酎の新しい飲み方。焼酎を炭酸で割り、そこにスライスした生のハラペーニョを入れて飲むのだ。レモンの酸味に慣れている日本人にとって、ハラペーニョの辛味はかなり新鮮である。まさか、こうも焼酎に合うとは思わなかった。これまた日本に輸入すれば、ブレイクの予感がする。
ランディと共にした2回の夕食は、僕の人生の大切な思い出となった。ならば、お返しもしなければ……、というわけで、別れ際、僕はランディにこう告げたのである。
「今度は僕が、ビッグサプライズを用意して、日本で待ってます」
ランディはいつものように目を丸くして、嬉しそうに笑った。
×月××日
友人三人で資金を出し合い、「タワシタ」というビストロを出したのが3年前。全く宣伝していないにもかかわらず、幸いにもいいお客さんに恵まれ、晴れてその2号店を出すことになった。……というのが、今年の1月の話。赤坂アークヒルズの桜並木に面したテラス付のカフェが空く、と聞いて「タワシタ」代表の佐藤さんが動いた。一目でその場所を気に入り、契約してきたので、新しい店のコンセプトと店名を大至急決めて欲しいという。そして色々と悩んでいたら、ふと、食いしん坊の友人のことが頭に浮かんだ。
「よし、これがいい!」
画期的なコンセプトが閃いたのである。すぐに佐藤さんに電話をした。
「新しい店の名前、決めましたよ」
「何ですか?」と胸を膨らませる佐藤さん。
「ランディです」
「ランディ? どんな意味ですか?」
「僕の友人の名前です」
壮大なサプライズをやってみたくなった。ロサンゼルスに住んでいるランディが、次に東京に遊びに来た時、「いい店を見つけたんだ」と案内する。その店は……まさに自分の店。自分や家族の写真が店内に飾ってあり、メニューを開けば、妻や子供の名前のついたメニューが並んでいる。その時のランディの顔が見たいと思った。
しかもランディは、ミシュランの秘密調査員に匹敵するくらいのグルメである。彼を喜ばせるには、それなりのレベルまで料理を頑張らなければいけない。調理場のスタッフにただ漠然と「うまいものを作れ!」と言うよりも、一つの具体的な目標を持って精進させるほうがやり甲斐も生まれるし、そもそも楽しいのではないかと思った。
サービススタッフも同じである。ランディが来る日のことを考えながら、人を幸せにする接客を目指す。
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| ランディを驚かせるために開いた「RANDY」の店長、小手川由佳さん、と“ランディ・カッツサンド”。今回の題字を書いていただいた。 |
こういうコンセプトのもと、桜の開花に合わせ、カフェビストロ「RANDY」はオープンした。店名の下には「Beverly Hills/Tokyo」の文字が入っているが、決してビバリーヒルズに本店があるわけではなく、ランディがビバリーヒルズに住んでいるという意味でしかない。桜並木に面したテラス席は本当に気持ちがいい。チキンカレーにチーズをかけてオーブンで仕上げた焼きカレーはすでに名物料理の一つとなっている。そしてランディ・カッツを驚かせるための目玉メニューであり、僕のイチオシは、“ランディ・カッツサンド”。ポークカツではなく、ランディの好きな海老カツとアボカドが挟んである。
実は現時点で、ランディはまだこの店の存在を知らない。寿司屋で偶然出会ったアメリカ人へのサプライズプレゼント。このプレゼントを本人に贈る日を頭の中で想像しながら、ランディのスタッフたちは毎日笑顔で仕事をしているのである。
(もしランディをご存知の方がいらっしゃったら、くれぐれも本人には内緒でお願いします!)
「RANDY」
東京都港区六本木1-3-37 ARKHILLS ANNEXTEL.03-3568-2888












