築地直送 市場の日常おかず 第9回
イカの胴にあれこれ詰めたくなるのは、
料理的本能?
漢字で書くと槍烏賊。槍の穂のようにほっそりと長い胴だから。そのヤリイカに較べて胴がチト寸詰まりのヤツがケンサキイカ(剣先烏賊)。なるほど剣の先は槍の穂より短い。スルメイカは、干して鯣(するめ)にするのが昔からさかんなので、鯣烏賊。イカは広く親しまれてきた水産品だから、名前もすこぶる単純明快である。
しかし、頭をひねってしまうのが烏賊という文字。カラスの賊とはこれいかに。80年代に黒ずくめのファッションが大流行、カラス族なんて呼ばれましたけど。それとは違って「賊」。山賊、盗賊の賊である。
中国の古い書物によると、イカはカラスが好物で、死んだふりして水面に浮かび、カラスが餌と思ってちょっかい出すや、水中に引きずりこんで食らってしまう、とされていた。そこで、カラスにとっての賊、すなわち烏賊。
でも、逆じゃないですかねぇ。
某日、ベランダの物干し竿にヤリイカをつるして鯣をつくろうと試みた。ヤリイカでつくる鯣は、スルメイカのそれより上等で、一番鯣と称される。今夜は鯣で熱燗かしら、などとソファでウツラウツラ。と、突如、すさまじい物音が。窓の向こうを見ると、カラスがヤリイカめがけて空中戦を展開しているのだった。駆け寄ったときは、すでに遅し、カラスのヤツ、戦果を嘴(くちばし)にしっかとくわえ、去っていったのだった。カラスのほうが賊であった。
ヤリイカは、イカのなかでもユニークな存在である。通常、水産物は卵を持つと身が痩せてくるので嫌われる。卵を持ったそれを、河岸では子持ちと呼ぶが、ヤリイカに限って、ことにすし屋さんには圧倒的に子持ちが人気である。暮れから入荷は始まっているが、子持ちとなるのは春。それまで鼻にもひっかけないそぶりであったすし屋さんたちが、箱の前に腰をかがめて子持ちであるかどうか、そりゃもう熱心にチェックとあいなる。
すし屋さんの手に渡った子持ちのヤリイカは、印籠と呼ばれる伝統の仕事をしたすしに変わる。さっと煮ころがして、胴に酢飯を詰めるのである。最近はレアっぽく仕立てるのが流行りらしく、切り口から卵がトロリユルユル流れ、そこが賞味のポイントとなる。
すしダネにするイカは、アオリイカにケンサキイカ、スミイカとほかにもいろいろあって、生で使うのが通常だけど、ヤリイカの場合は、身が薄いこともあり、煮て印籠とするのである。
たしかにヤリイカは煮ておいしい。下手して煮すぎても固くならない。大きなヤリイカをぶつ切りにする。皮はむかない。むいてしまうと、イカらしい香りが半減してしまうから。そして甘辛く煮ころがす。煮汁にはイカのうまみが移っており、その煮汁にからませるようにして焼き豆腐もいっしょに炊けば、なんとなく懐かしい味のおかずができる。
こぶりのものは、足を引き抜くと、なにかしら胴に詰めてみたくなる。イカを数える単位は杯。昔の酒器は、イカの胴のような形をしており、杯の字があてられたのだろう。酒器にまんまんと酒を注ぐように、あれこれ詰めたくなるのは、料理的本能かもしれない。
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