築地直送市場の日常おかず 第8回
魚界きっての男前。
なんとしてでも丸ごと使いたい
ホウボウは魚界きっての男前である。まず顔がいい。骨格がすっきりとして、目には勢いがあり、典型的な役者顔である。体色は、まっことあでやかな紅まだら。長すぎるように見える胸ビレは、広げてみればまるで羽である。しかもその羽には蛍光をおびた紫の斑点が連なり、孔雀を思わせる。胸ビレは威嚇のために広げると聞くが、海中でのその姿に出会ってみたいものだ。緋縅(ひおどし)の鎧姿もりりしい若武者といった感じじゃないかしらん。正月や婚礼の祝い魚に使う地方もあるそうで、それもうなずけるさっそうとした姿である。
であるからして、私はこの魚は、なんとしてでも丸ごと使いたい。活きがよければ刺し身がいいとわかっていても、丸ごとにこだわってしまう。そこで、この魚でいの一番にする料理はイタリアを代表する魚料理のひとつ、アクアパッツァだ。肉質は締まっており淡白な白身でゼラチン質も多い。ブイヤベースにも共通する洋風鍋料理は彼の持ち味にぴったりなのだ。
アクアパッツァというと、レストランの高級料理みたいに思えるが、私はいつもこんな光景を頭に思い浮かべながらつくっている。
イタリアの貧しい漁村である。漁師をやっているトーサンが、市場に出せない小魚をぶら下げ、戻ってきた。浜で遊んでいた腕白坊やジョルジョ(勝手に付けた名前です)は、貝のいくつかを拾ってきた。さぁ、夕げの準備だ。マンマが、オリーブ油で小魚を焼く。そのうち、アラマッ、焦げそうだ。エイッとばかり、水をジャッ。ついでにジョルジョの貝もぶちこんで、秋に漬け込んどいたオリーブほか、味が出そうなもろもろも放り込む。そしてグツグツ煮たら、ハイできあがり。
おそらく始まりは、そんな料理だったのでは、と思う。素朴な漁師料理。アクアとは水。パッツァには逆上した、といった意味がある。熱くなったフライパンに水を注いだ様子は、人間ならば、カッカとなって頭から湯気をふき出して……、まさに逆上、である。
でも、アクアパッツァだとホウボウ君はぬれねずみといった仕上がりになってしまう。そこで唐揚げにすることも。この場合は、お腹に斜めの切れ込みを入れることがポイントで、火のとおりをよくするためもあるが、切れ目の部分がふくらみ、立派な姿に仕上がるのだ。胸ビレもなるべく広げるように揚げる。男前をそこねぬように揚げる、というのが勝負どころである。
しかし丸ごと調理には問題がある。鍋の大きさという……。ホウボウは大きいものだと40センチ前後。それにふさわしい大鍋を持っていない。そこで使うのは、プロが小バカにするようなちっぽけなヤツである。しかし実はこれがもっけの幸いってヤツで、高級魚といわれるホウボウも寸たらずはベラボウに安いのである。
それでも手持ちの鍋に入らないことがある。そんなときは、鍋底の周囲に沿って、そっと曲げて入れる。立体的な形のホウボウはそれが可能なのだ。仕上がりはなにやら海中でグイッと身を躍らせているようで、そこが愉快、楽しい。ホウボウ君との付き合いは、おもしろがってやらなくちゃね。











