築地直送
市場の日常おかず
かの偉人も、カキっ食い。
海のミルクを召し上がれ。
カキ……。思い出すのは、『万葉集』の恋歌だ。
夏草の あひねの浜の 蠣貝に
足踏ますな 明かしてとほれ
夜の明けぬうちに帰ろうとする男を、女はこう言って引き止める。
「外はまだ暗いのよ。カキの殻を踏みつけてケガでもしたら……」
むきだしの岩、潮が満ちてきたら足元をぬらす海辺の小道を、男は帰ろうとしている。岩肌には、カキの殻がびっしりと張りついていたのだろう。
三陸海岸のカキ養殖場の浜で、そんな小道を歩いたことがある。
私たちの口に入る養殖のカキは、ブドウの房のように重なりあってイカダから海中に吊るされて育つが、天然のそれは岩礁や杭などにへばりついたら、そこを離れることなく一生を送る。ホタテ貝のように大きな殻を使って海中遊泳することもないし、ハマグリのように砂底をモゾモゾ動き回ることもない。じっとそこに留まったまま、おもしろみのない暮らしを送る。しかし、そのおかげで肉質は、おそらく貝のうちでもっとも柔らかい。咀嚼しないで、スルリ呑み込めるほどに。
動かないから、身のうちに栄養分もいっぱいため込む。海のミルクと呼ばれるように。
カキは、海産物に日本ほど執着しなかった欧米でも、古くから食べていたというが、たぐいまれな食感と栄養に着目したからではないだろうか。
紀元前のローマ時代には、すでに原始的な養殖が行われていたそうで、ときの英雄シーザーはカキっ食いで知られている。時代は下って、フランスの大作家バルザックもカキっ食い。なんと12ダース、144個も食べたという。彼は女性遍歴でも有名だったけど、そのあたりと関係するエピソードってことらしい。そういえばシーザーの人生にも、クレオパトラというおっかない美女がいた。
こうして欧米では食べる数を競い、元気をアピールする道具に使われるカキだが、日本ではそうした気配は見られない。江戸時代の料理書をひっくり返してみると、登場回数が多いのはなんといってもカキ飯である。
「常のごとくに炊いて、湯気が出たら殻をむいたカキを入れよ」と。
私のカキ飯も、このひとことがヒント。常のごとく自動炊飯器で炊いて、むきガキを放り込めばよしとする。ホッキ貝やアサリなど、貝の炊き込みご飯はいろいろつくるが、少々荒っぽいこのカキ飯が、手軽につくれるうえにうまさの点でもいちばんだと思う。
でも、カキ飯じゃ、元気の素としては今ひとつ迫力にかけるかしら。
ならば、築地市場のカキ屋さんに教わったカキバターはどうだろう。フライパンで焦がし気味にバターを溶かして、長ねぎといっしょに焼くだけ。ねぎとバターの香りにくるまれたカキは、プクリとふくれ、濃厚なうまみが口に広がる。市場で冬の寒さ対策といえばこまめに体を動かすことしかなく、くたびれた夜のカキバターは、疲れをほぐしてくれる。といっても、大粒のカキで10個がせいぜい。シーザーやバルザックさんの数を思うと、偉人というのは胃の腑まで、できが違うらしい。











