築地直送
市場の日常おかず

 
 

気分は「たまごっち」。
気づけばアナタもからすみマニア!?


 
 

仲卸「濱長」
福地享子さん

かつては女性誌のスゴ腕編集者。今は築地市場の仲卸「濱長」で、カリスマ店員目指して奮闘中。文筆業もこなす。『築地めし』では文章も料理もと大活躍です!

 
 

 

 からすみづくりには、ご用心! ひとたび手を染めれば、マニアの道をひた走り!?
 からすみはボラ(トド)の卵巣が材料だ。そもそも魚卵は、ウニやイクラ、タラコなどをあげるまでもなく、おいしいと決まっている。からすみ発祥の地は地中海地方だそうで、かれこれ1世紀前にからすみの味わいを「キャビアのようだ」と喝破したのは、フランスのグルメ画家ロートレックだった。たしかにしっとりと濃厚でねれたうまみは官能的ですらある。からすみはキャビアと双璧をなす魚卵製品といっていいだろう。

 そのからすみが手づくりできる!
 しかしながら、ホントはイワシの手開きを覚えたほうがずっと有意義である。家計をやりくりする奥さまを思えば、高級珍味づくりに走るのはいかがなものか。と、私はからすみづくりに熱中する男友達に再三再四忠告してきた。が、しかし聞く耳を持たない。
 実は私も秋から冬にかけて河岸にボラの卵巣が並ぶと、極道したくなるくち。男友達の気持ちも多少は理解できるつもりだ。

 材料となるボラの卵巣は、あんず色したタラコの親分といった形で、長崎県や宮崎県産などの上物になると、キロ2万円前後、1腹で数千円もする。元手がかかるだけに失敗は許されない、というプレッシャーは大きい。それだけに完成したおりの達成感ときたら。デパ地下に桐の箱入りで麗々しく納まったあのからすみができた、と天に向かって吠えたくなる。イワシの手開きでは、まず無理な相談というものだ。

 さてつくり方。これがもう呆れるほどシンプルで、塩漬けして塩気をほどよく抜き、乾燥するだけのことだ。しかし、物事は単純なほど奥が深い。さまざまなひとにレシピを聞いてみるが、いまだひとつとして同じ答えが得られたためしがない。
 ひとくちに塩漬けといっても、粗塩に単純に漬けるだけの素朴派、塩水に漬ける立て塩派、塩の入りを穏やかにするために和紙に包んで塩漬けする紙塩派と3通りも。
 塩抜きするおりには焼酎を使うが、その銘柄もまたひとそれぞれである。

 レシピの違いは些細なことばかりだ。しかし単純なものは、些細なことが影響しそうだ。そのたびに私は悶々とする。成功という切符を手にしていても、新たな手法に挑戦したくなる。ことがややこしければ手を出さないが、焼酎の銘柄を替えるといった容易さなのだから。これが落とし穴。つい深みにはまってしまうのだ。
 深みにはまる要因は、もうひとつ。乾燥の段階に入ってのことだ。ブヨリとした卵巣が、日ごと、飴色のからすみへと表情を変えていく。もっと風味よくツヤよくと、目を細めながら、紹興酒などを刷毛で塗る気分は、あの大流行した「たまごっち」ゲーム。今日はどこまで育ったか、もっとおいしくなーれ、と。この密やかな楽しみは、経験しなければわからない。そして、楽しみは密やかであればあるほど、のめりこみやすい。こうして気がつくと、いつしかマニアに……。
 さぁ、アナタはどうする?


 
 
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