小山薫堂の一食入魂 [101]

石焼ビビンバ、麻婆豆腐、ステーキ、ピザ……。
フォークとナイフ、箸、レンゲを使う食の迷宮だ!

 
 

人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡



男は、日光で和洋中の多彩なメニューが並ぶ不思議なイタリアンに驚き、
銀座にできた小さな和食店で唸り、そして「マルシェ・ジャポン」の旗振り役として
日本の食文化が豊かになることを願うのであった。

 
 

文・撮影 小山薫堂

題字・山西和文

 
 

 

×月××日

 一弁入魂のお弁当開発のため、このところ足繁く日光に通っている。その噂を耳にしたイラストレーターの長友啓典さんが、こんな質問をしてきた。
「そんなに日光に通っているなら、当然、駅前の大通りにあるイタリアンには行ったことあるよね?」
「日光にうまいイタリアンなんてありましたっけ?」
「なにっ、あの店を知らない? それじゃぁ、まだまだ日光通とは言えまへんなぁ」
「教えてください。何ていう店ですか?」
「食堂すずき」
 インパクトのある店名だけで十分興味が湧くのだが、長友さんはさらに衝撃的な事実を告げた。
「一番のオススメは、石焼きビビンパね」
「え?」
 石焼きビビンパがうまい「食堂すずき」という名前のイタリアン。一瞬、このオジサンは何を言っているのだろうと思った。しかし、これが事実だとすれば、自分の人生食堂リストに新たな一軒を加えられそうな気がする。半ば疑いながら僕は早速スペーシアで日光に向かった。

東武日光駅から徒歩約10分。喫茶店のような構えだが、この中には食の迷宮が……。

 東武日光駅から歩くこと10分。食堂すずきの看板が見えたその時、僕は確信した。長友さんの話は嘘ではなかった、と。店名よりも大きく書かれている「伊・中・和」の文字。その横には、「ゆばパスタ」と「黄金炒飯」の巨大な看板が写真付きで掲げられている。

 恐る恐る扉を開くと、本場イタリアのトラットリアでよく見かけるギンガムチェックのテーブルクロスと、日本の食堂でよく見かける暖簾が共存していた。メニューを開けば、食いしん坊のテンションが一気にあがるようなラインナップ。生ハムとゴルゴンゾーラの前菜やバジルの冷製パスタがあるかと思えば、ゆば入り豆乳ラーメンやもち豚の田舎味噌漬け焼き定食が堂々と記されている。
 注文してから20分以上かかるもち豚のロースカツサンドも惹かれるし、豚トロ石焼きビビンパも捨てがたい。とにかくイタリアンから中華、和食まで、提供する料理の数は60以上。飲み物に関しても同様で、日光の地ビールや栃木の日本酒と並んでスーパートスカーナのワインが置いてあったりする。結局、さんざん迷った末に、スタッフ5人で、地物卵のカルボナーラ、麻婆豆腐、黄金炒飯、和牛サーロインハーフカットステーキ、ピッツァマルゲリータ、豚トロ石焼きビビンパ(以上、出てきた順)を頼んだ。

右はピッツァマルゲリータ、左は麻婆豆腐とスパゲッティカルボナーラ。大勢であれこれ食べると妙に楽しい。

 フォークとナイフ、箸、レンゲを同時に使いながら味わう不思議な時間。これだけジャンルの違うものが次々とテーブル上に並ぶと、食の迷宮に迷い込んだような気分になってくる。これが実に楽しいのだ。ワクワクするのだ。
 若き店主の鈴木さんは、青山のイタリア料理店で3年半修業した後、六本木の中国料理店やステーキ専門店で腕を磨き、2001年にこの店を開店。かつて両親が経営していた食堂への思いと、地域に根ざした店にしたいという願いからあえて「食堂すずき」と名づけた。
 パスタもステーキもラーメンもビビンパもある……まさにこんな食堂が都会にも欲しい……と思った次の瞬間、ハッとした。
「これってつまり、ファミレス?」
 なるほど、ファミレスに人情と手づくりの要素を加えるとこうなるのだ。みんなで妙な納得をしながら外に出ようとした時、隣にいたマネージャーの松本ぱんこが囁いた。
「金谷ホテルの人に聞いたんですけど、この近くにある『あさい』というお寿司屋さんの中華がおいしいらしいですよ」
 え、今度は寿司屋の中華? う~ん、日光恐るべし! 食の迷宮シティと名づけよう。

 

×月××日

 銀座に新しく開店した小さな和食店「朱雀(すざく)」に行く。夫婦二人三脚で開店してまだ2ヵ月足らず。にもかかわらず、僕はもう4回も足を運んでしまった。それほど自分にとっては久しぶりの和食の当たり店である。
 主人の山西和文さんは、赤坂にある超名店「T」の出身。料理界の先端を行くような派手さはないが、一皿一皿が確実にうまい。いい店で修業を積むと、きっとこういう堅実な料理人になるのだろうと思う。

 この季節のオススメは、お通しとして出される京菊菜といくらのおひたし。一瞬、河豚の白子と見間違う焼き胡麻豆腐も素晴らしい。鱧と松茸の鍋は、誰もが唸らずにはいられない安定感のある一皿。そしてシメに必ず出される鯛茶漬けがこれまた病みつきになるうまさなのである。さらに、途中に出される“きんぴらごぼう”や“おから”がこれまた絶品。家庭料理に究極があるとするなら、こういう料理を指すのだと思う。

銀座「朱雀」は開店したばかりだが、絶品の料理が味わえる。近々、予約が取れない店になるはず。山西さんご夫妻の柔らかな応対も心地いい。

 近い将来、確実に評価される店だと確信するが、とにかく全く宣伝をしていないので、まだ簡単に予約がとれるのが嬉しい。なぜそんな店を僕が知ったかと言えば、情報源は女将。山西さんの奥さんである女将は、実は数カ月前まで、銀座の人気美容室に店長として勤務し、いつも僕の髪を切ってくれていた美容師さんだった。それゆえ、接客にたどたどしいところがあるかもしれないが、それはご愛敬。そのうち「カット&ヘッドマッサージ」なんていう伝説の裏メニューがお目見えするかもしれない。

 

×月××日

全国1Oカ所で「マルシェ・ジャポン」がスタート(写真は発表会の様子)。モデルの押切もえさんや落合務シェフも応援!

 パリのオシャレなマルシェ(市場)をお手本にして展開していく都市型の市場「マルシェ・ジャポン」がついに全国10カ所でスタート。赤坂サカス、国連大学前、アークヒルズ、お台場という東京の4つのマルシェをハシゴしたら、何だか心まで満腹になった。
 つくった人から直接手渡しで野莱や果物を買う……今まで値段ばかりを見て買い物をしてきたときとは全く違う充実感を覚えた。つくった人が教えてくれるその野菜のおいしい食べ方は、どんなレシピ本よりも頼りになるし、実際に触れあうことで野菜への感情移入も生まれる。“おふくろの味”がそうであるように、つくり手に感情移入することは、最大の調味料なのだ。
 日本にマルシェ文化が定着し、人々が生産者にもっと感情移入するようになれば、この国の食文化はもっと豊かになるに違いない。

 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 

「食堂すずき」

   栃木県日光市御幸町581-2
   TEL.0288-54-0662

「朱雀」

   東京都中央区銀座5-5-9
   TEL.03-3573-7577

「マルシェ・ジャポン」

   www.marche-japon.org

 
 
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