築地、魚河岸、旬ばなし [68] 文・福地享子
魚の目利き、ときには例外もあるようで……
時間を見つけては、産地巡りへ。もちろん魚の。恋する人のことは、なんでも知っておきたいという心境ですね。ま、オトコじゃないというのが、チト淋しくもあるけど。
そんなわけで、先日は島根県へ。訪ねたのは、世界遺産となった石見銀山のある大田市や浜田市の港だ。
大田港のセリは夕方から夜にかけて。大型漁船が着岸した港は、魚で足の踏み場もないほどだ。夕映えの海を背に、その魚を仕分けする女たちの緊迫した表情に見入ってしまう。同性に、つい目がいってしまうのは、河岸に戻れば、私もまた似た作業をしており、仲間意識がわくから。そして、どうせ働くなら、こうして海に近いところで、という憧れめいたものが心をゆするからだ。
浜田港のセリは朝。この港は“どんちっち”というブランド名のアジで有名。値頃感もあって、夏に入れば、築地へもしこたま入ってくるので、私もせっせと売っている。
魚を囲んでのセリが始まれば、その後ろにピタッとはりついて耳はウサギ。浜値は、いかばかりか、と。これ、もはや習い性。
その魚のお値段について、この港でかなりショックなことを知った。
タチウオである。その特徴である銀の輝きなぞまったく失せ、ぐったり箱に並ぶヤツを指さし、セリ人さんが言うではないか。
「こっちじゃ、銀の箔のついたビシッとしたヤツより、コイツのほうが値がいいんですわ」
築地じゃ、きっと見向きもされないだろう。
「形のいいビカビカのヤツね。あれとは、漁場が違って、泥場におって、底引き網で揚がる。だから、銀が落ちとるけど、味はいい。土地では、それ、よーく知っとるんですわ」
話を聞きながら、とっさに頭に浮かんだのは、お気に入りの江戸小咄だ。
深夜、さる大店に盗賊が侵入。夜目にギラリと光るは刃。おそれおののく家人を尻目に、その刃にニャンと向かったのは、猫。畜生ながら、主人思いのアッパレな振る舞い!? いやいや、その刃、実はタチウオだった……。
そう、タチウオはこれでなくちゃ。刃のようなみごとな輝きがあってこそ。そんな思い込みが、ガラガラッとくずれたのだ。
「ノドグロもそれはいえるわね、ここじゃ」
追い打ちをかけるようなひとことを残し、セリ人さんはどこぞへ小走りに。どこでも、かの仕事につく方は、慌ただしい、忙しい。
ノドグロというのは、口の奥をのぞけば黒っぽく、その名がついた。背は赤桃色で、標準和名はアカムツ。高級魚のひとつだ。
さて、築地に戻って。
実は、昨年の暮れから、気になるノドグロがいた。築地でノドグロのピンといえば、銚子の釣りモノで、まぁ、ビカビカの鱗して、そりゃもうため息が出るほど美しい。そのかわり、お値段もとびっきりだ。そこに交じって、山口県や島根県から、鱗はすれ、赤桃色もうすぼけたノドグロが入荷していた。こちらはけっこう手の出る価格。でもねぇ、見た目の悪さに、今ひとつ食指が動かなかった。フンと見下していた、かなり。
しかし、浜田港で知ったあの一件をためすいいチャンスではないか。
うすぼけた色に、鮮度が要求できるのかしらん。しかし、やはり生で、いや、皮を残してタタキ風にしようか。皮目の脂をうまく生かすには、これが一番。いや、違う、この魚を、ホントは信用してなかった。炙って、妙な匂いがしたら、生で食べなきゃいい。
しかし、いささかの不審を覚えることもなく、それは食卓に上った。薄切りにしたひと切れにわさびを少しつけ、醤油に浸すと、脂がパッと散った。なんという脂ののり。口にふくめば、ほんのりとした甘さのある旨味が広がり、香りもすばらしい。
見た目の美しさこそ、鮮度のしるし。魚の命。そうずっと思ってきた。しかし、例外がここにあった。食べてみて、初めて知った。
魚の目利きとやら、まったく奥が深い。
[今月の魚]アイナメに漢字を当てると鮎並。「鮎並みに旨い」ことから、その名がついたらしい。秋から冬にかけてが産卵の時季で、そろそろ味がのってくる。刺身はもちろん、焼き物にすればホックリした白身でそれは旨い。同じ時季、イサキと人気を二分するが、イサキが西からの入荷が多いのに対し、アイナメは東。三陸、青森、常磐方面が主流となる。 |
魚の目利きになるには、ひたすら時が必要。一つの魚を何シーズンも見続け、食べることで、自然に目は養われていく。しかし、この魚の目利きに、風穴を開けるような新兵器が誕生。キーワードは体脂肪計。その詳細については、次号で。










