築地、魚河岸、旬ばなし [67] 文・福地享子

中国産が席巻する中、
木更津の海に幻のハマグリ復活!

 
 
文・福地享子
イラスト/坂木浩子
 
 


 店の裏では、本日もハマグリをむき身とするのに忙しい。ハマグリは、身の表面の薄皮が傷つくと、ふっくら煮上がらない。寿司ダネの煮ハマにしても、傷は致命的。しかし、ピッタリ固く閉じた2枚の殻をむき包丁でクイッと開け、貝柱をクルリ切り離し、身をきれいな形で取り出すには修練が必要で、河岸の職人仕事の一つになっている。
 カシャッカシャッと、殻と殻が触れ合う小気味いい音は、3月がピークとあっては暗いうちから途切れることなく続く。とっくに耳になれた音だが、今年は、いつもと違う気分で聞いている。無事にいってるな、という安堵にも似た気分というか。なにしろ昨年のハマグリの周囲ときたら、まるでジェットコースター。急降下したと思ったら、急上昇。せわしない春だった。

 昨年、3月1日の早朝。貝の業者さんが慌てふためき、店にやってきた。
「中国からのハマグリの入船がなかった」
 追いかけるように、卸会社から仲卸へと書状が届いた。
「中国側が日本への輸出にさいして検疫を強化、ハマグリの輸出を停止したため、今後の出荷状況は未定」といった内容だった。
 おりから中国製品のボイコット運動がさかんで「ハマグリの輸出ストップは、その仕返しだ」と、噂は枯れ野についた火のように広まり、しばし騒然となったものだ。
 無理もない。日本のハマグリ消費の8割を占めるのは中国産。国産は、海の埋め立てや水質の変化などで壊滅状態に近く、価格も中国産の3倍近くはする。国内流通を支えているのは、なんといっても中国産なのだ。
 こういうとき、現場と外では、受け取る気持ちは微妙に違うらしい。新聞報道での記事は「冷凍餃子事件を受けてのチャイナフリーで、縁起物のハマグリも国産へシフト」という内容。それを読み、デパ地下で見た国産ハマグリは、3個ほどのパックで1000円近く。昨年は、どれほどのひとが、雛の節句にハマグリを食べたのだろうか。

 3月も終わり近くになると、伊勢湾の畜養場に活かしてあった在庫も少なくなったとみえ、サイズの欠品も出てきた。
 そこへビッグニュースが飛び込んできたのだ。千葉県木更津の海に、ハマグリが揚がった、と。県のレッドデータブックでは「消息不明、絶滅生物」に指定されていたそれが、実に40年ぶりに復活したのだった。
 私にとっては、河岸に古いひとから、さんざん聞かされてきた幻のハマグリだ。
「アンタは、ほんとの地ハマの味を知らんだろ。今、鹿島のハマグリを地ハマと言ってるけど、昔はバチと呼んでた。場違いのバチさ。そこいくと、あの地ハマときたら、ふっくらとした身で柔らかく甘くてねぇ」と、どれだけ羨ましがらせられたことか。
 実は、築地入荷の国産ハマグリは、茨城県鹿島灘や千葉県九十九里浜産が主流。国産ということで「地ハマ」と呼び習わしているが、外洋に育つチョウセンハマグリという品種だ。かつては東京湾内でとれるモノを「地ハマ」と呼んでおり、厳密にいうとチョウセンハマグリとは別の種である。
 4月、その木更津のハマグリがわずかばかり入荷。聞かされたとおりの美味だった。

 貝は「わく」という言葉を使うが、木更津のハマグリは、自然にわいたのではない。2002年から放流事業をくり返してきた。有明海に残る東京湾内産と同種のハマグリの卵を、養殖先進地である台湾の養殖場で孵化させ、稚貝に育てたのち、東京湾に放流。その成果が、昨年、やっと実ったのだった。
 今年は、中国からの輸入も含め、例年どおりにハマグリは出回っている。日本の海資源が枯渇している限り、中国への依存は避けて通れない。その現実を、うらめしい思いでかみしめながら、待たれるのは、春も深まっての木更津からのハマグリ。今年もうれしい便りとして届いてほしい。

 
 

[今月の魚]

東京近郊では見られないが、地方の砂浜では磯遊びとしてやっているのではないか。マテガイとり。マテガイが砂にもぐったあとには、「目」と呼ぶへこみができる。その周囲に塩を落とすと、濃度を増した海水に驚き、マテガイが飛び出してくる。それをつかまえるのだ。あまり目立たないが、そのマテガイも入荷する。ゆでて酢味噌あえやマリネに。春の磯の香りが楽しめる一品となる。


ハマグリの国産、中国産の別は、殻でわかる。国産は殻にまるで油を塗ったかのようにツヤがある。中国産はシナハマグリという種で、殻のツヤに乏しく、模様が複雑。味は国産が格段にいい。3倍の価格差は、量的なこともあるが、味の点からもいえそうだ。

 
 
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