築地、魚河岸、旬ばなし [66]

かつては家庭料理であった!?
滋養たっぷりスッポン

 
 
文・福地享子
イラスト/坂木浩子
 
 


 カメノテは、ウニの味がちょっとした。ボラのヘソは、甘辛に煮た。マンボウの腸は、酢味噌で和えてみた。
 市場にいるんだもん、なんでも試してみなくちゃ、と、我が胃の腑に銘じてある。
 しかし、いまだ果たせぬモノがある。
 スッポンだ。
 スッポンは、アユやウナギなどの淡水魚が専門の店で扱っている。どこぞへウロウロ逃げぬようにと、たいていは箱や桶のなか、丸くちぢこまっている。さてと、売り先が決まれば、目方を計るために、秤の上に。
「レレッ、オイラ、なにされんだよぉ」てなことで、スッポン君たら、首をやおらニュウッ。顔を右に左に。キョトンとした目は愛嬌たっぷりで、ペットにしたい愛らしさ。どうして我が手で料理できようか。

 続いてスッポン君、台のうえでひっくり返った。ここでいつも、私は息をのむ。あらわになったお腹の、まぁ、艶(なまめ)かしい色ったら。白地に薄桃のまだら模様は、湯あがり餅肌女の胸の色。甲羅がまるで藻が漂う泥池の色しているから、その対比はよけい衝撃的だ。
 ついあらぬことを連想してしまう。たとえばさ、シブチンの高利貸しのジイサンが、シブチンのくせして若い妾なんぞ囲ってて、女の家に行くとなった晩、その前にこっそり食べるのは、きっとスッポン。「ヒヒヒ、精をつけなくちゃ」とか言っちゃって。
 オォ、イヤダ、ヒヒオヤジめ。清く正しく生きてきたこの私が、なんでスッポンへ手をのばす気になれようか。

 しかし、人生、もののはずみってのはあるもので、イヤ、はずみだけで生きてる私、ついにスッポンを料理することになっちまった。
「今、スッポンはほとんど養殖で、浜名湖がいちばんの産地。天然は、冬眠に入る直前の秋がいいっていうけど、やっぱり鍋やスープにするから、食べるなら冬だよね」
 と某店で、スッポンを前に、立ち話。
「まずスープをとるでしょ。もうコラーゲンのかたまりみたいなスープでさ、それ食べると、肌なんてツヤツヤになるよ」
 たっぷり話を聞いて、手ぶらじゃ帰れない。まして美肌効果とくれば、ヒヒオヤジも吹っ飛ぶわさ。1匹、購入することにしたのだ。
 スッポンはおろしてもらった。おろすことを、スッポンは、「ほどく」という。首を落とし、甲羅をはずし、脚を、手を、残酷という言葉を思い出す間もなく、さばかれたそれは、ほどくという言葉がなるほど似合う。

 さて、どう料理するか。
 うちに戻って、料理書をひっくり返すうちに辿り着いたのが、母の本棚からこっそり抜いてきた主婦の友社刊『実用百科事典』。昭和42年発行の主婦向けの一冊。当時はスッポンについて、こんなにも詳しい知識が必要だったのかしら、と首をひねるほど、懇切ていねいに書いてある。
 といっても、大鍋に水10カップ、清酒なんと5カップ。ほどきスッポンも入れて、ひたすらアクをすくいながら煮るだけ。必要なのは忍耐。アクをすくうこと、小一時間。肩がこりましたぜ。さらに煮ること1時間半、甲羅や頭など食べられない部分を取り除き、塩で調味。こすと、透明なスープに仕上がった。

 スープをひとすすり。あっとのけぞった。口中が、まるで天女の羽衣で覆われたような快感に包まれたのだ。スッポンのエキスだもんなぁ。なんかムッチャききそう。一晩おくと、みごと透明なゼリー状に固まった。
 冬の市場は冷える。夜はスッポンのお汁だ。ゼリー状の例のヤツを、お玉でひとすくい、水をお玉で2杯が、1人分。だし醤油少々で味を添え、熱々をお椀によそう。ねぎ、しょうがの搾り汁、柚子、そして素焼きノリもたっぷり。フーッ、あったまる。体の芯に、天女の羽衣が漂っていく。うっとり目を閉じると、もうヤダッ、ヒヒオヤジの顔が。よしてよ、私はあったまりたいだけ、肌のため。冗談じゃない、アナタとは違うのですッ!

 
 

[今月の魚]

結氷した湖でのワカサギ釣りがニュースに。市場へのワカサギ入荷は、11月ころから。北海道が初名乗りをあげ、やがて青森県産や琵琶湖産が登場し、2月に入れば本格的シーズンに。そっくりさんのチカに比べると小さく、体長は10センチほど。南蛮漬けやフリットが定番料理だけど、チカにはない繊細な味わいを楽しむために、白焼きで、一度は食べてほしい。


スープをとったあとのスッポンは、身や甲羅の周りのヒラヒラがすべて柔らかくなり、おいしく食べられる。ヒラヒラは、まさにコラーゲンのかたまりだ。スープといっしょに雑炊にしたり、ごぼうや春菊など、香りのいい野菜を添えて、お鍋にも。

 
 
 本誌で好評連載中の“築地レシピ”が、ついに本になりました!
 本連載でもおなじみ、河岸で働く物書きネエサン、福地享子さんをはじめ、魚河岸のプロたちが実際に自宅でつくっている、驚くほどカンタンで、ビックリするほどおいしい春夏秋冬の魚料理68レシピ、そして、旬な話がたっぷり詰まった魚河岸エッセイが満載です。
 
 

おすすめコンテンツ

 
 
  1. 書籍
    新・家庭経営
    給与会計と家庭決算書
  2. 書籍
    日本溶解論
    ジェネレーションZ研究 この国の若者たち
  3. プレジデント
    仕事観、人生観…… 震災は人をどう変えたか
  4. プレジデント
    坂東眞理子さん
    人生はグラス半分のワイン。まだ半分も あると思って、夢と希望を持ちましょう
  5. 書籍
    医学部に合格する生徒が必ずしていること
  6. Family
    編集部より
    編集後記
 
 
dancyu 2009年3月号
dancyu 2009年3月号
税込価格 860 円
売り切れ
 
dancyu.comへ
dancyu公式twitterアカウント

メールマガジン <dancyu通信>

 
 

「dancyu」編集部員が、取材現場でのこぼれ話やオリジナルコンテンツなどをお送りします。 [主な内容] 編集部員のマイブーム/今月のスローフード/今月の日本酒/dancyu先取り情報……等々を、毎月2回配信します。

メールマガジン申込・登録変更