小山薫堂の一食入魂 [93]

不景気になると骨太の料理が食べたくなる。
宮崎牛のタリアータを食べながらそう思った

 
 

人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡



男は、わずか4席、おそらく最も小さなフレンチレストランで
東京の外食文化の進化を予感し、
独自の文化を守り続ける琵琶湖畔の町で
究極のエコキッチンのヒントを見つけたのであった。



 
 
文・撮影 小山薫堂
題字・鎗田陽一郎
 
 


×月××日
オープンキッチンというより、キッチンで食べているような雰囲気の「インダルジ」。

 3人の友人を誘い、浅草に近い「インダルジ」へ行く。ここはおそらく、東京で最も小さなフレンチレストランである。いや、レストランというより「料理人のラボ」というイメージに近い。わずか10坪しかない店内の主役はオープンキッチン。その端っこに腰掛ける感じでカウンターが設えてある。通常は4人、ギュウギュウに詰めたとしても5人が限界。ランチ、ディナー共に一組しか予約をとらない。というわけで、もし仮に一人で行ったとしても店を貸し切りにできるのである。だからと言って、法外な値段を取るわけではない。5250円と7350円のコースのみ。これで空間と料理人を独り占めできるのだから、かなり安いと思う。去年の春に開店した時、「このシステムで果たして経営は成り立つのだろうか?」と心配したものだが、さすがにお客さんのほうも気を遣ってくれるようで、一人だけでの利用は少ないらしい。

 客席数も少なければ、店のスタッフも少ない。オーナーシェフの鎗田(やりた)陽一郎さんが一人で切り盛りしている。何しろシェフと客の距離……およそ1.5メートル。こんなに臨場感のある「食の劇場」が他にあるだろうか?
 そこで生み出されるのは、生ハムの泡をソース代わりにした“しじみのブランマンジェ”、イチゴのリゾットを添えた“イトヨリのコンフィ”、わさび風味のマッシュポテトを添えた“牛ほほ肉の赤ワイン煮”など。バターを最小限に抑え、日本の食材を好んで使っている鎗田さんの料理は、その人柄を反映したような「やさしい味」である。そのため、この店のワインリストには、日本のワインしか掲載されていない。

鎗田さんはコースの最後にパスタを出してくれる。内容はその日によって異なる。写真は“ずわい蟹のカルボナーラ”。

 そして何より嬉しいのは、メインディッシュのあとに、必ずシメのパスタが出てくること。この日は“ずわい蟹のカルボナーラ”だった。こういう食べ手の気持ちを察したメニュー構成が嬉しい。
 思わず拍手をすると、鎗田さんは照れ臭そうに笑った。ここは客にとっても特等席だが、逆に考えれば料理人にとっても客の笑顔を間近で見ることのできる特等席なのだ。店の売り上げや風評に頭を悩ませることもなく、自分のペースで究極のレストランを目指す……こういう料理人がもっと増えたら、東京の外食文化はさらに奥深さを増すに違いない。



×月××日
「桃の木」の“鎮江黒酢の酢豚”。薫り高き逸品をビオワインとともに楽しむ。ああ幸せ。

  三田にある中国料理の「桃の木」へ。扉を開けると、超人気フレンチレストランのソムリエをしていたYさんがいるので驚いた。彼の自宅がこの近所らしく、最近、ここで働いているのだと言う。ソムリエのいる中華料理店……ワイン好きからすれば、ちょつと嬉しいニュースである。
 体にやさしい料理をアラカルトで注文。それに合うビオワインを楽しむ時間は、とても贅沢である。が、次第に我慢できなくなり、シグネチャーディッシュの一つである鎮江(ちんこう)黒酢の酢豚を頼んでしまった。ここでは酢豚を2切れ以上から注文できる。酢豚というより、豚ステーキの黒酢ソースといった風格。これをナイフとフォークでいただき、ビオワインを流し込む。こういう店を普段使いできる近隣の人々は幸せである。


×月××日

 ラジオ番組の取材のため、琵琶湖の畔にある針江という町に行く。湧き水が豊富なこの町には、「かばた」と呼ばれる独自の文化がある。川端が訛って、かばた……各家庭の敷地内で湧き出る水を貯めた、第二の台所のような場所のことだ。多くの家に「かばた」があり、それは町中に張り巡らされた水路でつながっている。針江の人々は、「かばた」で米を研ぎ、「かばた」で食器を洗う。我が家の「かばた」の水を汚せば、それがそのまま隣家の「かばた」に流れ込む。だから針江の人々は、水をなるべくきれいに使うための工夫をしている。例えば、どの家の「かばた」にも、鯉が泳いでいる。使った食器を「かばた」の水につけておけば、残ったごはんつぶなどを鯉が食べてくれる、というわけだ。
 町の台所が一つにつながることで、人々の環境への意識が高まる。究極のエコキッチンのヒントが針江の町にあると思った。

「ディポ・ディバ」の“宮崎牛のイチボのタリアータ”。パルミジャーノを齧りながら食べる。

 取材を終えたあと、東京に戻るまで少しばかり時間があったので、京都に寄って馴染みのイタリアンレストラン「ディボ・ディバ」で夕食を取ることにした。職人気質の西沢シェフの料理は、どんなに時代が踊ろうとも少しも浮かれていない。小手先の技ではなく、食材に忠誠心を誓ったような技。特にこの日は、メインデイッシュの宮崎牛のイチボのタリアータが素晴らしかった。オリーブオイルと塩、胡椒のみの味付け。ソースの代わりにパルミジャーノチーズをまるかじりするアイデアが面白い。愛情を注いで作られた食材を、リスペクトしながら調理する……その真っ当なところがいいのだ。
 世の中が不景気になると、こういう骨太の料理が食べたくなる。つまりは、原点が恋しくなるのだろう。そういえば、針江の寺で飲ませてもらった湧き水も、相当なご馳走のように思えたのはそのせいかもしれない。


×月××日

 深夜、眠れなくてテレビを見ていたら通販番組で種子島産の「安納(あんのう)芋」を紹介していた。その焼き芋はまさに黄金色で、ねっとりとした食感。甘い割にはカロリーが低いのが特徴らしい。
 そういえば、一昨年、箱根の「ナラヤカフェ」で食べた人生最良の焼き芋がこれだったことを思い出し、即、注文。
 そして待ちに待った安納芋がオフィスに届いた。アルミホイルで包み、オーブンの温度を低めに設定して、90分ほどじつくりと焼いてみた……ところ、やはり大当たり!
 というわけで、遅ればせながら、安納芋はこの冬のマイブームになっている。日本人の魂を揺さぶる、冬のスイーツではないだろうか。



 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 

「インダルジ」

   東京都台東区寿3-19-17
   TEL.03-5828-2228

「御田町 桃の木」

   東京都港区三田2-17-29 オーロラ三田105
   TEL.03-5443-1309

「リストランテ ディボ・ディバ」

   京都府京都市中京区蛸薬師通高倉東入ル雁金町361
   TEL.075-256-1326


 

 
 
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