築地、魚河岸、旬ばなし [65]

江戸の昔、将軍様のためにできた
活けダイの流通システム

 
 
文・福地享子
イラスト/坂木浩子
 
 

「見てよ、外川だよ、いいねぇ」
 活魚担当が、水槽から自慢げに取り出したのは、みごとなタイ。カッと見開いた眼の上を染めるは青の色。濡れた桜色のウロコにも、よくよく見れば碧空の色が散っており、朝の光を受けて、虹の輝きを放っている。千葉県の銚子沖で釣り上げ、外川の生け簀で落ちつかせたのち、水槽車で昨晩、築地へ着いたばかりの活けのタイである。
 季節を追いかけ、全国から河岸へとやってくる活けのタイ。なにも目新しいことではない。400年も前からやっていることなのだ。
「手前、生国は和州桜井村、助五郎と申す新参者。このたび、ご当地で魚商いに手を染めることとあいなりました」
 今の奈良県、吉野山のふもとに生まれた助五郎なる男が、日本橋魚河岸にやってきたのは、元和2(1616)年。市場開場のお許しを幕府に得て、まもないころだった。天下人のお膝元で活況を見せ始めた魚河岸、金の匂いを嗅ぎつけ、上方から魚商人の新規参入が続いたが、彼もその一人だった。
 しかし、当時の市場の主勢力は、家康と親交深い摂津(大阪)の出身者であり、助五郎は大和屋と名乗ってみても、あくまで傍系。しかし、この男、やがてタイ流通に大きく貢献することになる。

 ことの起こりは、三代将軍家光上洛のおり。京へと東海道を上る道中、静岡県の蒲原と三島の宿で、たいそうなタイが献上された。聞けば、沼津の漁師たちが、生け簀に囲っておいたタイという。おそらくお供の賄い方、ハタと膝を打ったに違いない。
「生け簀とな。タイ御用に生かせぬものか」
 なにしろ、将軍家でのタイの消費量たるや、呆れるほどの数量。当の家光誕生の大礼のおりも、魚河岸から城に納めたタイは200枚。各種の祝祭宴会、客の接待に、タイは欠かせぬものだった。そのたびに魚河岸とお城の賄い方は、タイの手当てにキリキリ舞い。しかし、生け簀があれば……。妙案である。
 この仕事を命じられたのが助五郎。魚河岸へ来てすでに十数年、その間、どんな働きをしたか歴史は伝えていないが、資金を蓄え、浜回りにも熱心だったのだろう。

 助五郎がまず取り組んだのは、浜とのネットワーク作りだった。伊豆周辺の網元に、支度金と称して前金を渡し、独占契約を結んだのだ。揚がったタイは、沖に浮かべた竹カゴを生け簀として、そこに畜養させた。
 さて、江戸へどうやって運ぶのか。
 やはり船。生け船と呼ばれた生け簀を設けた船を使った。生け船は、大阪雑魚場(ざこば)から始まったとされるが、上方からきた助五郎、そのノウハウに通じていたのだろう。この生け船、実によくできており、生け簀には水抜け穴があり、常に新鮮な海水で満たされ、タイが酸欠状態におちいることを防いだ。あっぱれ、泳ぎのまんま、江戸へと搬送されたのだ。

 助五郎を創始者とした大和屋は、やがて御本丸御膳御肴請負御用の栄誉を授かり、市場人の本流におどり出る。日本橋魚河岸最大のお役目は、幕府へ魚を納めることであり、幕府にとって欠かせぬタイを潤沢に用意できるとあらば、それは当然のことであったろう。
 大和屋は、以後も契約する浜を伊勢湾や瀬戸内海にまで拡大。いちどきに生け船が運ぶタイの数は数千枚。このタイを、今度は東京湾のあちこちに用意した生け簀に囲っておき、御用とあらば、伝馬船(てんまぶね)で陸へ運んだものだ。
なにしろ、お城の注文ときた日にゃ、時化(しけ)も旬も関係なしなのだから。

 こうして幕府の強硬なタイ御用でシステム完成をみた活けダイ流通。昭和に入って以降、再び、タイの周りは賑やかになる。生け簀は陸に造られ、活けの輸送は水槽車というトラックに変わり、養殖が進み、旬が違うということで南半球のニュージーランドからの輸入も。身辺慌ただしきも、これまたひとがそれだけタイを求めるから。それを知ってか知らずか。本日も、活けのタイ、まことに美しげ。

 
 

[今月の魚]

ドラマだけでなく、韓流とやらが河岸にも。韓国で養殖されたヒラメやアワビなどの高級魚が、活発な入荷をみせているのだ。先日、韓流アワビを食べてみたが、今の時季に入荷の三陸産には及ばずとも、まずまずのでき。価格は、かなり安めとなっている。韓流魚来日の背景には、韓国内の不況で高級魚の需要が減ったこと、円高ウォン安などがある。魚の流通は、世界経済の動向に大きく左右されるが、今回もそれを物語るいい例だ。

 


ハマチの養殖が香川で初めて成功したのが80年前。そのノウハウを利用してマダイの養殖が始まる。当初は、飼育中に紫外線を浴びて「黒ダイに変身」などと揶揄されたが、今は技術も進歩、味もよくなった。愛媛が主産地で、中国にも大量に輸出されている。

 

 

 
 
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