築地、魚河岸、旬ばなし [64]
文・福地享子
サイズが揃わない魚は売れ残る。
ああ、もったいない……
築地市場の業界用語に、メマワリというのがある。ネットで調べたら、もっぱら建築や美容の世界で使う言葉らしいけど。
「メマワリは、2キロってとこか」
市場では、そんな使い方をする。要するに、魚のサイズのこと。市場は、このメマワリ命。ゆえに、メマワリ君には、ときに目が回るほど走らされることがある。
朝のいっときは、注文の魚を仕分けるのが日課。ポイントは、なんといってもサイズである。すし屋さんのアジ一つとっても、一カン付けと切り付けして使う店では、とうぜんサイズは違う。さらに、そのサイズは、頭の先から尾っぽまで、きちんと形が揃っているのが原則。キス100本なんて注文、もう痺れますぜ、氷のなかからえり分けながら、ヒトツ、フタツとやるのだから。
しかし、それもウチの店で揃う日はどうってことない。問題はない場合だ。指定のサイズがない。さぁ、どうする。
通称「仲間買い」。仲間の店で買って納めるのだ。今や、自称・仲間買いの女王たる私、河岸の通路をひた走る。河岸の店は百花繚乱、鮮魚一つとっても、扱う内容は微妙に違う。
あの店に行けばありそうだ、と、脚で覚えた仲間買いマップにつき動かされ、「メバル、持ってない」と、店先で声をかけちゃ探し回る。長さの指定があれば、カッキリ狂いなく合わせるために、物差しふりかざしの出動だ。なけりゃ、河岸の端から端までくまなく走る。女王の座、奪われてなるものかぁ?
しかし、まぁ、ごく稀なことだが、出動が数度にも。さすがくたびれる。つい仏頂面に。するとアニイが、フフンとせせら笑う。
「折詰のタイの注文なんてな、100本、ノギス持って揃えんだから。甘いよ、甘い」
店も終わりに近づけば、はねられたサイズの魚が箱にポツンと。それでもいいというお客もつくが、うまくいく日ばかりではない。なまじっか元値が張るモノは、未練がましく2日も3日も、店の隅で氷のなかにうずくまり、果てはこっそりゴミ袋行きということも。
もったいない。あぁ、もったいない。
しかし、実は築地にやってくる魚たちは、かなりの選別を受けたエリート君。箱に大小入りまじっての仕立てだったりすれば、「デブロク」と呼ばれ、侮蔑の対象。えり抜きですぜと、ツヤツヤおろしたての箱に入ってくるのが普通だ。それでも、サイズにこだわれば、もったいない現象が起こるのだ。
築地ですら起こるもったいない現象。水揚げされた魚を選別する産地では、それが大きな問題となっているほどだ。サイズに加えて、ロットが揃わないばかりに、大量の魚が流通にのらないという悲劇が起きている。
食卓で、隣の皿にのった魚の大きさは、気になるもの。海の生き物が、商品となったとたん、きびしい選別を受けるのはとうぜんのことだ。しかし、その陰で起きているもったいない現象……、どうしたらいいのだろう。
実は、九州では「もったいない食堂」の名で、流通にのらない魚たちを使った定食屋さんをオープン、人気を集めていると聞いた。
「もったいない食堂」。いいネーミングじゃないですか。築地でも、できないかしら。
メニューとしては、たとえばズッパ・デ・ペッシェ。その日の落ちこぼれ魚介類を総動員したイタリア風海のスープだ。あるいは、小魚のフリットや一尾魚のグリル。種類は不揃いでも、発想を逆転すれば、チョイスする楽しみに変わるじゃないですか。すべて材料は、仲卸の閉店まぎわに買い集める。お安くしてもらって。量もだが、魚種の数でも日本一の築地だもの、アウトローだけでも、豪華な材料陣になるだろう。あとは、あるモノ勝負への機転と技量。もちろん資金。イヤ、もっと必要なものがある。それは、もったいない精神を理解していただく舌だ。ヘタすると「残りモンを客に食わして」と。そのハードルは、かなりの高さと想像する。夢の食堂、やはり夢物語に過ぎないのでしょうか。
[今月の魚]これからのメバルは脂がのってウマイ時期。そのメバル、色によりアカ、クロ、シロメバルと呼ばれている。色の違いは、単純に生育する環境による影響といわれてきた。岩礁地帯だと黒っぽくなるとか。それを信じ込んできたが、京都大学の調査によって、3種は独立した種であることがわかった。このように、身近に接していても、実はわかっていないことが多い魚の世界。これからも、新しい発見が続々とあることだろう。 |
仲間買いは、注文分が足りない場合、仲間の店で買って納める商習慣。金融機関同士でも、商品であるお金を、頻繁に融通し合うとか。築地では「仲間買い」と、長閑(のどか)に呼ばれる商習慣。ほかでは、どんな業種で行われているのだろうか。










