築地、魚河岸、旬ばなし [63]

文・福地享子

新海苔の季節。干し海苔で
旬の香りを味わってみては?

 
 

文・福地享子

イラスト・坂木浩子

 
 

 もうすぐ新海苔の季節。築地市場界隈の海苔屋さんの店頭にも、新海苔の幟がハタハタとひらめくころだ。
 海苔は海が育てる作物。種付けから、本格的な作業が始まる。その様子を見に行ったのは9月中旬、秋分の日近く。ところは千葉県木更津市。東京湾を横切るアクアライン、その橋のたもと近くにある金田という漁港の一角で、海苔漁師さん総出で行われていた。

 なんといっても目を奪われたのは、大きな水槽にセットされた直径2メートル近くの水車である。そんな水槽が横一列に並んで10個ほどあったか。水車は、ゴットンゴットンザブー、朝の透明な光に眩しい水しぶきを散らしながら、ひたすら回っていた。
「水槽を覗いて」と、作業中の金萬智男(きんまんのりお)さん。金萬さんは、夏は貝、冬に海苔漁と、木更津伝統の漁師となって30年になる人だ。
 水槽の水は海水で、スダレのようにカキの殻が下がっていた。よく見ると、身が入っていたほう、つまり殻の内側である白い部分は、モヤモヤ黴(かび)のようなもので黒ずんでいる。
「黒いのは汚れじゃなくて、糸状体。海苔の赤ちゃんです」と金萬さん。
 江戸時代なかば、東京湾で始まった海苔養殖。それは浜の浅瀬に、ヒビと呼ばれる木の枝を建て並べ、海中に漂う海苔が付着するのを待つというものだった。

 養殖の手法は、江戸時代を踏襲したかたちで昭和に入ってまで続くが、第2次世界大戦後、イギリスの藻類学者の手で新たな発見があった。海苔の生態が解明されたのだ。
「夏をどうやって過ごすか、わかったんです」
 糸状体と呼ぶ菌糸の形で、貝殻の石灰質の部分にもぐり込み、夏を過ごす、と。
 こうして今では、カキ殻に糸状体を人工的に培養し、種付けを行っているのだ。
 糸状体は、種付けの場にやってくるまでは、カキ殻のなかでじっとしている。ところが不思議、水槽に移されると、水中に飛び出す。カキ殻の石灰質を破って。すごいパワーだ。
 そして、飛び出すや胞子に変身。水槽の水は、実は無数の“海苔の素”が浮遊するお宝海水なのだった。水車には、幅広の長い網がグルグル巻いてあり、回るたびに網に胞子がまとわりつくことになる。
 網糸を短く切ったものを顕微鏡で見せてもらったが、繊維のなかにピンポン玉みたいな胞子がポツリポツリ。種付けの場に、顕微鏡は必須で、このポツリポツリの量が、熟練の目でヨシッとなるや、冷たい海水を張った水槽に移す。すると、ピンポン玉君が、芽をつける。海苔の赤ちゃん誕生、発芽である。

 この網は、冷凍庫に保存。海水温が23度前後になったところで、海に張り出す。例年だと10月初旬からだが、今年は秋がくるのが早く、9月の終わりには、最初の網を出した。
 科学の力を借りて、大きく進歩した海苔の養殖。しかし、海という自然の力で育てる間は、やはり人間のきめ細かな世話が必要だ。日々、海へ出て潮の干満に合わせては棚に張った網の高さを変えたり、台風予報にジリジリと気をもんだり。農家の方が、毎日、畑へ出かけるのに、どこか似ている。
「海苔は、百姓の気持ちがなきゃできない」
 と金萬さん。そういえば、江戸時代に海苔養殖の始まりをになったのは、磯付き村と呼ばれる半農半漁の村人たちだった。

 初摘みは11月なかば。まだ、海に青海苔も育っており、製品となった板海苔にも青海苔がポツポツと混じる。青混ぜとかコントビと呼ばれ、香りのよいのが特徴で、近年人気が高い。年内に収穫されたものが新海苔。年が改まれば、寒海苔。味にコクが出る。
 もっとも、海苔の真骨頂を味わうのに「焼き海苔では……。やはり干し海苔で」と、金萬さん。干し海苔は保存がやっかいなため、流通しているのはもっぱら焼き海苔だが、専門店や生産者のネット販売などで手に入る。いかがですか。今年は、新の干し海苔を自分でパリッと焼いて、味わいを再認識しては?

 
 

[今月の魚]

マダラが入荷。マダラは、シラコが好まれるので、オスが高い。11月も後半に入ると、3キロぐらいのもので、500グラムほど、ちょっとした量のシラコがとれる。シラコは、また別売りもされている。こちらは晩秋に顔を見せるが、味がのってくるのは、やはり木枯らしが吹くようになってからだ。鍋物だけでなく、グリルにしたりと、洋風料理への広がりもみせ、人気の食材の一つだ。

 


干し海苔を焼くのは、けっこう難しい。ことに青トビときたら火加減が微妙で、焼きすぎると妙な苦みがでる。ガス火で焼く場合は、セラミック付きの焼き網をのせ、輻射熱を利用。焼き網との距離を保ち、気長に焼くことだ。

 

 

 
 
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