小山薫堂の一食入魂 [89]
店名のクールさからは想像できない温もりのある
繊細な料理。実は、あの名シェフの店であった
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

脚本を担当した映画『おくりびと』が大ヒットしている男は、
繊細な味わいのフレンチに感動し、
シンプルな海苔のスパゲッティに驚きつつ、
改めて一食入魂を誓うのであった。
×月××日
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| 繊細な風味と酸味が絶妙できれいな余韻が印象的な“海水で軽く火を通した牡蠣の冷製 海水と柑橘のジュレ 岩海苔風味”。 |
絶叫遊園地を経営するH氏に招待され、六本木の「エディション・コウジ シモムラ」で夕食。去年の夏にオープンしてから話題になっていたものの、何となく足を運ばなかった理由はその店名にある。料理人の名前をカタカナにして、しかもそれをサカサマにした上にエディション(=版)という言葉をつける。これは相当に自己主張の強い表れであり、そういう店の料理は疲れるに違いない、と僕は決めつけていた。店に行くまでは。
一皿目は“海水で軽く火を通した牡蠣の冷製 海水と柑橘のジュレ 岩海苔風味”。一口食べた途端、思わず「ごめんなさい」と言ってしまった。牡蠣のクリーミーな旨味が海水の塩味によって引き立てられ、柑橘の酸味が全てを軽やかにしている。そこに覆いかぶさる岩海苔の風味。実に繊細な味わいだ。日本人シェフだからこそ完成し得た新時代のフランス料理だと直感した。
二皿目は“カダイフを纏った的鯛の軽やかなフリット ブロッコリーのクーリとレモンのコンフィチュール”。これまた、困ったことにうまい。食感に胸が躍り、様々な味のバランスに感激する一皿。メインの鴨も、オリーブオイルをかけていただくデザートのチョコレートも、繊細にして、ちゃんとうまい料理だった。
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| 下村浩司シェフ。 |
店名のクールさからは想像できない、温もりのある芸術品のオンパレード。最後にシェフと会って驚いた。乃木坂にある老舗レストラン「フウ」の料理長だった下村浩司さんじゃないですか。あの下村さんが「コウジ シモムラ」だったとは!(そんなことも知らなくて申し訳ありませんでした)
「フウ」出身の料理人と、自分の舌の相性はいいと思っていたので納得である。
すでに話題ではあるけれども、今年の「ミシュラン」が出版されたら、間違いなく予約の取りにくい店になるだろう。去年の「カンテサンス」のように。
×月××日
個人的には東京一と確信している西麻布のワインバー「E」に、ふらりと立ち寄る。すでに夕食を終えていたため、シメの一杯を飲んで帰ろうと思っていたのだが、メニューに心惹かれる一皿が載っていた。
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| これぞイタリアと日本が融合した傑作、“バターとパルミジャーノのシンプルなスパゲティ”。 |
“バターとパルミジャーノのシンプルなスパゲティ”……
胃袋から脳に満腹信号が送られているものの、食いしん坊の虫がその流れを遮断しようとしている。結局、フレンチのあとだったにもかかわらず、「明日の朝、いつもよりもたくさん泳げばいいさ」という自己説得を行い、注文してしまった。さぁ、深夜の炭水化物祭りの始まりだ。
そして運ばれてきた料理は、嬉しい誤算に満ちていた。バターとチーズだけの味付けかと思いきや、意外な食材が添えられてきたのだ。それは黒トリュフ!……のようにカットされた海苔!が、ただの海苔ではない。“有明一番”と呼ばれる、入手困難な最高級の海苔らしい。店主によれば、桐の箱に収められていて、一箱何万円もするのだとか。それをパラパラと振りかけて食すのである。ざる蕎麦ならぬ、ざるスパ。
ところが……たったこれだけなのに、うまい。うま過ぎるのです。バターやパルミジャーノと海苔がこんなに合うとは人生最大の発見、と言いたいくらい。これはすぐに、イタリア人に教えてあげるべきである。日本政府はこの事実を即文章にして、イタリア政府に正式に伝えて欲しい。いや、伝えるべきだ。これで日本とイタリアの国交はさらに深まること間違いないし!……って、大袈裟すぎますか? いえいえ、ぜひ一度、みなさんも騙されたと思ってお試しください。ただし、くれぐれも上等な海苔でお願いします。
×月××日
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| 「ちゅらぬうじ」のマグロのカルパッチョ。沖縄の味に落合シェフの演出が加わった逸品。 |
遅い夏休みをとって、沖縄を食べ歩いてみる。
那覇の「しむじょう」や名護の「宮里そば」など地元のソーキそば屋巡りも楽しかったが、意外にも一番の感動店は「喜瀬別邸」というホテルの中にあった。
「ちゅらぬうじ」という名のイタリアンレストラン。普通のイタリアンではなく、琉球料理の要素を絶妙に昇華させた、この地ならではのイタリアンである。沖縄にも凄い料理人がいるものだと感心していたら、その仕掛け人は人気イタリアン「ラ・ベットラ」のシェフ、落合務さんだった。なるほど、落合さんが沖縄の食材をいじればこうなるのか、と納得。島らっきょうを使ったパスタなど、この店でなければ食べられないだろう。
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| 遅い夏休みは沖縄で「しむじょう」や「宮里そば」などソーキそば屋巡りを楽しんだのでした。 |
中央で活躍している料理人が地方の食材をどう料理するか……これは地方活性化のきっかけになるイベントである。外から来た料理人の発想に刺激を受けて、地元の料理人が頑張る……という動きが広がっていけば、食の自給率も少しずつあがっていくに違いない。。
×月××日
脚本を担当した『おくりびと』がいよいよ公開となった。実はこの仕事に取り掛かったのは、ちょうど3年前。山形の庄内にシナリオハンティング(脚本執筆のための取材)に行ったときから始まった。当初は、映画への思い入れよりも、「これで庄内のうまいものが食える」という気持ちのほうが強かったと思う。しかし、納棺師の方やお坊さん、火葬場の職員といった人たちに話を聞いて回るうちに、これは食べまくっている場合じゃないぞ、という気分になってきた。そして「食べる」ということと「生きる」ということの意味を自分なりに考えるようになった。
人は本当に身勝手な生き物である。牧場にいる牛を見ればかわいいと思う。が、その牛が殺された途端、気持ち悪いに変わる。ところがその死体が切り刻まれ、霜降り肉の塊に変わればよだれを垂らす。そしてそれを食べてうまいと思う。この不条理を僕は『おくりびと』の脚本にちりばめた。生きるとは、別の命を犠牲にすることであり、食べるとは、命のバトンタッチなのである。そういう意味で、「おくりびと」は世の中の全ての食いしん坊に捧げた作品でもあります。
命を「いただきます」……そう心の中でつぶやきながら、僕はこれからも一食入魂を続けていきたい。
薫堂さんが脚本を手掛けた話題の映画『おくりびと』は大ヒット上映中。第32回モントリオール世界映画祭グランプリを受賞したほか、第81回米国アカデミー賞最優秀外国語映画賞部門への出品も決まるなど、世界的にも大注目!
今回の題字は滝田洋二郎監督に書いていただいた。















