小山薫堂の一食入魂 [87]

魚介の旨味を凝縮したブイヤベースに感動。
しかし最後に雑炊のような演出がほしくなった

 
 

人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡



男は、世界を飛び回るセレブ食通の友人が「世界一」と太鼓判を押した、

ブイヤベースの専門店にやっと行くことができた。

そして、その値段と濃厚な味に驚愕したのであった。

 
 

文・撮影 小山薫堂

題字 岡田 光

 
 

×月××日

 3カ月前のこの誌面で、「今、世界で最も行ってみたいレストラン」として、「TETOU」という店の名を挙げた。世界を飛び回るセレブ食通のランディさんが世界一と太鼓判を押したブイヤベースの専門店。その夢はそう簡単には叶わないだろうと諦めていた。なぜなら、「TETOU」は南フランスのカンヌのはずれにあるから。いくら興味があるとはいえ、わざわざブイヤベースを目当てにカンヌまで足を運ぶ気にはなれない。
 が、しかし……一食入魂の神様は食いしん坊にチャンスを与えてくださった。急遽、カンヌで開かれる国際広告祭に出席することになったのだ。まずTETOUの予約を入れてから、そのあとに仕事の予定を考え、満を持して僕はカンヌに飛び立った。

カンヌのはずれに位置する「TETOU」の店内。ビーチ沿いのお洒落な店であった。

 カンヌと言えば映画祭が有名だが、その1カ月後に開かれる広告祭も実はなかなかの賑わいを見せるイベントである。世界中の広告マンたちが集結して、ビーチ脇のホテルでパーティーを開いたりする。僕も日本の広告代理店のパーティーに潜り込んだところ、知らない人から突然呼び止められ、こう聞かれた。
「TETOUには、いつ行くんですか?」
 どうやら3カ月前の「一食入魂」を読んだらしく、その切り抜きまで持っていた。そういうことなら、誘わないわけにはいかない。のだが、それから数時間のうちに同様の人が他にも現れ、結局12人という大所帯でTETOUに乗り込むこととなった。
 カンヌから車でおよそ20分。ランディさんの話から漁師町の小さな食堂を想像していたのだが、意外にもそこはビーチ沿いのなかなか洒落た店であった。世界一のブイヤベースと豪語してしまったがゆえに、みんなの期待は相当高まっている。変なプレッシャーを感じながらメニューを開いた……その瞬間、僕は青ざめた。
「た、高いっ!」
 ブイヤベースが一人前125ユーロ。およそ2万円である。しかもここはカードが使えないらしい。当然これに税金が加わり、ワインなども飲むであろうから、12人で30万円以上の現金が必要になるだろう。全員の現金をかき集めても、それには遠く及ばなかった。さぁ困った、どうしよう? 通常ならキャッシュカードを持ってカンヌまで走るところだが、予約の人数を増やして強引に入れてもらったため、次の客が待機していてそれほどの余裕はない。しかし、ここで引き下がっては一生の後悔となることは確実。全員が心を一つにして、とりあえず頼んでしまえ! ということになった。お金のことは、満腹になったあとで考えればいい。こういう時の絆は妙に強いのである。12人の同士は、身の危険を顧みず、ブイヤベースの登場を待った。

これが世界一!?のブイヤベース。最初に魚介のエキスが凝縮されたスープが出てくる。

 そして運ばれてきたのは、壺のようなスープボウル。2万円もするブイヤベースなのだから、さぞかし豪華な魚介が盛りだくさんかと思ったら、そこには何の具も入っていない。本当にただのスープだけ。あまりのシンプルさに、ちょっと拍子抜けしてしまった。
 各自が自分の皿に取り分け、スプーンで一口すすってみる。
「おぉっ!」
 12人の食いしん坊が一斉に声をあげた。あらゆる魚介の旨味を凝縮した濃厚な味わい。目の前の地中海で暮らしてきた生き物たちの、“命の味”がした。アイオリソースを塗ったフランスパンをスープに浮かべ、ひたひたにしみ込んだところでガブリ。少し遅れて、本来の具となる伊勢海老と魚が運ばれてきたので、今度はこれらの具をスープに浮かべてガブリ。キンキンに冷やしたロゼワインが、濃厚なブイヤベースと抜群の相性を見せる。ランディさん情報によれば、ブイヤベースという料理を分解して、一つのコースに仕立てている、とのことだったが、実際に行ってみるとそういう演出はなかった。確かに素晴らしいブイヤベースではあったが、食べ進めるうちにやや飽きてきたので、日本の鍋のように最後に雑炊を作るような演出が加わればもっと魅力的になるかもしれない。

ブイヤベースの具となる伊勢海老や魚介は後から運ばれる。これをスープに入れて食べるのだ。

 とはいえ、無銭飲食気分の冒険心も加わって、楽しいディナーとなったのであった。
 ちなみに支払いは……皿洗い覚悟で「現金を持ち合わせていません」と申し出たところ、「ホテルの部屋につけられます」と言われ、ホッと一安心。が、あとで請求書を見たら、手数料としてちゃっかり10%上乗せされていて、泣きました。

 

×月××日

シャルルドゴール空港で食べた「ワンタンメン」。これが3500円もしてビックリ!

 カンヌから日本に戻る途中、シャルルドゴール空港内にある某ホテルのカフェで、「ワンタンメン」を注文する。これが出てきてビックリ。ベースになっているのは、明らかに日本生まれのカップヌードルなのである。陶器の器に移し変え、冷凍餃子を添え、チキンのスライスを加えて……3500円! 怒りを通り越して、笑いながら食べる。うん、やっぱり間違いなく、これはカップヌードルである。そして、やっぱりうまいのである。こんなにうまいものを百数十円で食べられる国に、早く帰りたいと思った。

 

×月××日

「Peter」のトマトのデギュスタシオン。4種類の調理法によるトマトは夏の前菜にピッタリ。

 ザ・ペニンシュラ東京で夕食をとる。ペニンシュラと言えば、中華の「ヘイフンテラス」が有名だが、今回はあえて最上階の「Peter」に行ってみた。するとここが、予想していた以上にうまい。何となくフレンチの印象を持っていたが、スタッフの説明によると、世界の味覚をアレンジしたインターナショナル・キュイジーヌと位置づけているらしい。確かに、イタリアンのようであり、エスニック要素を加えたフレンチのようであり、どれも軽くて楽しい皿ばかりだった。

メインは仙台牛の赤ワイン煮込み。今回の題字はマネージャー岡田光さんに書いていただいた。

 特に気に入ったのは、トマトを冷製スープ、サラダ、ゼリー、パニーニという四種類の方法で調理したトマトのデギュスタシオン。シャンパンに合わせる夏の前菜としては完璧である。
 メインとして注文した仙台牛の赤ワイン煮込みも大満足。甘酸っぱい大根のキャラメリゼが、赤ワインのソースにアクセントを加えている。オープン以来のシグネチャーディッシュというのもうなずける。
 そしてデザートのレベルもなかなかのもの。帰り際、次の予約を入れてしまった。

 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 

「Peter」

   東京都千代田区有楽町1-8-1 ザ・ペニンシュラ東京24階
   TEL.03-6270-2763

 
 
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