小山薫堂の一食入魂 [85]

人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

カウンターだけの小さな洋食屋は、
寿司屋で握りを食べているようだった

 
 
 
 

男は、料理の進化や健康志向への反動か、
ニッポンの洋食を食べる回数が増えた。
そして京都の小さな洋食屋で食べたいものを
食べたいだけ頼む快感に浸ったのであった。

 
 

文・撮影 小山薫堂
題字・永谷真美

 
 

×月××日

「にしおか」でハンバーグを頼むと肉を切るところから始める。実に丁寧な美味しさだ。

  最近、どうも洋食の回数が増えてきた。フランス料理やイタリア料理ではなく、ニッポンの洋食が食べたくなる。そう言えば服部幸應さんも「最近、無性にミートボールやビーフカツが食べたくなるんだよね」とおっしゃっていた。勝手に分析するに、これは料理が急速に進化している故の反動であり、ますます過熱する健康志向への胃袋の反乱に違いない。
 最近、一番自分のツボにハマった洋食屋は、京都に精通しているA兄弟の案内で行った「にしおか」という店である。京都はもちろん和食もいいが、一方で洋食の名店も多い。しかし「にしおか」は知らなかった。四条通りを少し下った高瀬川沿い。10坪足らずの本当に小さな店で、席はカウンターしかない。ギュウギュウに詰めれば8人までは入るが、6人くらいで貸し切るのが理想的だろう。
 この店の何がいいかと言えば、まず何と言っても店主の顔がいい。見るからに、うまそうなものを作りそうな人相をしていらっしゃる。包丁を握る兄とそのサポートをする妹、初老の二人が実にいいテンポで料理を作る。狭い店なので、料理人と客席の距離も近い。ごまかしが一切きかない距離だ。だからというわけではないだろうが、仕事はとても丁寧。ハンバーグを頼むと、肉をスライスするところから始まる。マカロニグラタンを頼むと、ベシャメルソースを作るところから始まる。
 まるで寿司屋で握りを頼むような感覚で、食べたいものを食べたい量だけ注文する。コンソメのジュレ、オイルサーディン、マカロニグラタン、ハムサラダ、ホタテのソテー、ハンバーグ、にしおかステーキ、カレーピラフ……6人でたくさんの種類を欲張った。これだけ食べても、驚くほどの安さ。もしかすると自分は、洋食に飢えているのではなく、誠実な料理を欲しているだけなのかもしれない。

×月××日

「はれるや」のステーキ。"仔牛肉の小島"とも呼ばれる小島商店の肉を使っており、美味。

  神谷町のフレンチレストラン「はれるや」でランチ。ここはフレンチレストランでありながら、一流のステーキ店に匹敵するほど質のいい肉を出してくる。と思っていたらそれもそのはず、ここの店主の実家は「小島商店」という創業75年の食肉卸の店であった。
 リーズナブルなランチ価格でも、メインディッシュの肉料理はかなりイケる。個人的にはあまりフレンチに寄り過ぎず、ご飯に合うメニューを増やしてもらえると嬉しいのですが……。


×月××日

 広告代理店「電通」の友人から、新人研修なるものを頼まれる。電通の新入社員は数人で班をつくり、それぞれが独自の研修を受けるらしい。そのうちのひとつが僕のところにやってきたのだった。これから広告界の第一線で働く若者たちは目をキラキラさせて講義を待ち構えている。そんな彼らに「ものづくりの喜び」を教えるため、僕はある課題を出した。それは、「このチームみんなで新しい弁当を考えなさい」というもの。
 弁当の中身はもちろん、パッケージ、ネーミングを一から考える。それはどういう人をターゲットにしていて、その弁当にどういう思いが込められているのか? 若者たちはおよそ1時間に渡って熱く語り合った。
 そして彼らが考えた弁当の設計図を、もはや我が事務所の社食と化している神谷町の弁当屋「司亭」に持ち込み、製作を依頼。それから30分と経たないうちに、電通新入社員のオリジナル弁当が届いた。
 その名も「dentou」。電通弁当の略であり、創業107年という会社の伝統にもひっかけている。しかも、「dentsu」のロゴに似せてあえて「dentou」とアルファベット表記にした。

電通の新入社員が企画、「司亭」が製作した弁当「dentou」。素晴らしい出来映えだ。

 さて、その気になる中身は、ハンバーグ、海老フライ、豚の生姜焼きにポテトサラダ、それに鮭を混ぜ込んだおにぎり。本当はチーズオムレツをリクエストしていたが、調理の事情により却下され、代わりに卵焼きが添えられた。漬け物に桜漬けを選んだのは、個性溢れる社員の多い電通にちなみ、見た目をカラフルに仕上げたかったため。そして、会議をしながら気軽につまめるようにと、全てを一ロサイズに仕上げた。
 これを、社内での会議や、得意先への手土産として使おうというのが彼らの狙いである。
 自分たちが思い描いたものが実際に形になる……たった一つの弁当から、「ものづくりの喜び」を学んだ(はずだ)。蓋を開けた途端、全員が一斉に「おぉっ」と歓声をあげた。
 ややカロリーオーバーの危険性を感じるものの、実際に食べてみると意外に軽く、おかずのバランスもちょうどいい。特に鮭を混ぜ込んだおにぎりがうまい。司亭の裏メニューに加えてもらいたいくらいだ。
 満腹になった新入社員の一人が、帰り際、用意していた包みを取り出した。
「良かったら食べてください」とそれを差し出したのは、永谷真美さん。で、その包装紙には永谷園の文字。その中身は、焼き海苔。
 永谷園と言えば、お茶漬けやふりかけが有名だが、ホームページ上だけで海苔を販売しているらしい。実はこれが、特に品質のいい海苔だけを集めた商品なのだとか。それを聞いた瞬間、僕は閃(ひらめ)いた。「dentou」の鮭おにぎりには、この永谷園のスペシャルな海苔を使うべきだと。あるいは永谷園のお吸い物をサービスで付けるという手もある。
「dentou」が商品化されることを期待したい。

×月××日

 半日ばかり暇ができたので、うまい鮨を求めて飛行機に飛び乗る。向かった先は札幌の「鮨 田なべ」。店主の渡邉さんは、「ザ・ウィンザーホテル洞爺」の「鮨 わく善」で握っていた人物。自分のこだわりを主張しながらも、客のわがままに柔軟に応えてくれる理想の職人なのである。
 いいネタが入れば、自分のブログで公表。津軽海域でいい本マグロがあがった、と書き込まれていたので、思わず札幌まで行ってしまった。銀座の一流店レベルの鮨を、その半額以下で味わえるという幸せ。
 しかし冷静に考えれば、飛行機代とホテル代がかかるので、銀座の倍以上の値段になるんですよね。トホホ……。それでも店主の人柄に惹かれ、通いたくなるのである。

 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 

「にしおか」

   京都府京都市下京区西木屋町四条下ル船頭町 TEL.075-361-7771

「はれるや」

   東京都港区麻布台2-2-12 三貴ビル地下1階 TEL.03-6413-8239

「鮨 田なべ」

   北海道札幌市中央区南五条西3丁目 ニューブルーナイルビル2階 TEL.011-520-2202

 
 
dancyu 2008年7月号
dancyu 2008年7月号
税込価格 860 円
売り切れ
 
dancyu.comへ
dancyu公式twitterアカウント

メールマガジン <dancyu通信>

 
 

「dancyu」編集部員が、取材現場でのこぼれ話やオリジナルコンテンツなどをお送りします。 [主な内容] 編集部員のマイブーム/今月のスローフード/今月の日本酒/dancyu先取り情報……等々を、毎月2回配信します。

メールマガジン申込・登録変更