小山薫堂の一食入魂 [84]

人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

世界中の天才料理人を発掘しているランディに
ロサンゼルスで案内されたのは小料理屋であった

 
 
 
 

男は、世界中の旨いものを探し歩く謎のアメリカ人と意気投合し、
ロサンゼルスの自宅まで訪ねて行ったのであった。

 
 

文・撮影 小山薫堂
題字・ランディ・カッツ

 
 

×月××日

世界中の旨いものと天才料理人を発掘することを無上の喜びとする、ランディさん。

 ちょうど1年前、銀座の「鮨 さわ田」で一人のアメリカ人とたまたま隣合わせになった。ランディと名乗るそのアメリカ人は、日本語を全く喋ることができないくせに、「ホンワサビ」や「アワビノキモ」「ホタルイカ」など食に関する日本語だけはやたらと知っている。まさに一食入魂の精神を持った彼とたちまち意気投合し、以来、京都の「嵐山吉兆」、六本木の日本料理「龍吟」(に行った日のことは以前ここにも書きました)、茅場町の天ぷら「みかわ」、西麻布の「すし匠 まさ」、月島の焼き肉「傳々」、そして蓮沼のお好み焼き「福竹」と、自分にとっての切り札的な料理店を彼に惜しみなく紹介してきた。
 彼と食事をしているときは、世界のうまい店話で盛り上がる。彼は世界中を旅しているビジネスマンらしく、あらゆる国のうまい店を熟知しているのだ。
 今までで最も印象深い料理店を尋ねたら、彼は少し考えて、フランスのカンヌのはずれにある「TETOU」(ティトゥ)という名の店をあげた。地中海のそばにあるこの店にメニューはたった一つ。ブイヤベースしかない。と言っても、ただ鍋に入ったスープ状のブイヤベースが出てきてそれで終わり、というのではないらしい。まず厨房でブイヤベースを作り、その中から最初はムール貝だけを取り出して白ワインと合わせる。二皿目はオマール海老の味噌をパンに塗って出す。次は魚……そして最後にスープ、という具合にブイヤベースという料理だけでコースを構成するというのだ。その話を聞いてから、今、僕が世界で最も行ってみたい店は「TETOU」になった。
 食への飽くなき探究心を持ったアメリカ人がいったいどんな暮らしをしているのか……とても気になる。どんな家に暮らしていて、毎日どんなものを食べているのだろう? その興味が膨らみすぎたので、僕はロサンゼルスにある彼の自宅まで遊びに行くことにした。

ロサンゼルスにあるランディさんの自宅のキッチン。ドラマに出てきそうな素敵な雰囲気だ。

 ホテルはイーグルスのアルバムジャケットにもなった「ザ・ビバリーヒルズホテル」にするべきだ。特に半地下にある全席カウンタースタイルのコーヒーショップは、世界中のコーヒーシヨップのお手本になるようなところだから、朝はそこでパンケーキを食べて欲しい。ベーコン付きでね。
 さすが、一流の食い手は、一流のコンシェルジュにもなり得る。彼からは事前に細かなアドバイスがメールで届いた。
 そしていよいよ当日。ランディさんの自宅は、ビバリーヒルズホテルから歩いて5分ほどの超高級住宅街にあった。趣味のいいアンティーク家具で揃えたヨーロッパの古城風の建物。庭には大きなプールがあり、その傍らにはジムまである。家じゅうの暖炉を数えたら7つもあった。
 訪問したのは午後6時。そのとき、ランディさんは小学生の息子と娘のために、十数個の銅鍋がぶら下がっている広いキッチンで料理を作っていた。メニューはチキンの丸焼きとパスタ。何でもない普通の日に、父親が子供のためにチキンの丸焼きを作る……そういう光景は映画の中だけかと思っていたら、現実に存在するのである。

ロサンゼルスで鹿児島出身の料理人が腕を振るう知られざる名店「TAKAO」の看板。

 子供の料理の支度をしたあと、ランディさんは言った。
「今までのお返しをしたいから、僕の大好きなレストランに行こう」
 そして向かったのは、こともあろうか、「TAKAO」という日本料理店だった。鹿児島出身のタカオさんがオーナーシェフをつとめる小料理屋である。築地から食材を空輸している本物の和食店だが、決してかしこまってはいない。見せかけにこだわる流行志向の店でもない。創作和食と郷愁溢れる田舎の味がバランスよく調和した店。確かに味はどれも抜群である。日本ですら手に入りにくい貴重な日本酒が良心的な価格でメニューに載っている。ランディさん、おそるべし、日本人以上に日本の味を分かっていらっしゃる。この店がそのまま銀座にあっても流行るだろう。
 世界を飛び回る美食辞典のような彼は言った。
「こういう天才料理人を発掘して回るのが、僕の趣味なんだ」

×月××日

パリの一ツ星レストラン「ひらまつ」のグリーンアスパラ。フォアグラのラビオリと相性抜群。


 春のパリを旅する。この時期は何と言ってもアスパラガス。最近では東京でもうまいのにありつくことができるが、フランスで食べるそれはやっぱり違う。
 三ツ星の「ムーリス」ではオランデーズソースを衣のようにまきつけたグリーンアスパラを、一ツ星の「ひらまつ」ではフォアグラのラビオリと合わせたグリーンアスパラを食べた。さすがにどちらも、ため息が出るほどに素晴らしい。

「プティ・ヴェルドー」は、料理に合わせた数本のワインをテーブルに置いてくれるのがいい。

「プティ・ヴェルドー」というサンジェルマン近くのビストロで食べたホワイトアスパラガスも良かった。オリーブオイルでソテーし、パルミジャーノチーズを振りかけたシンプルな調理法。ここのオーナーは星付きレストランを渡り歩いてきた日本人ソムリエの石塚さんである。料理に合わせたワインを数本テーブルに置いてくれるので、量り売り感覚でその中から好きなだけ飲む。細かな蘊蓄(うんちく)なしにワインを飲ませるそのサービス姿勢が素敵だ。

オーナーソムリエの石塚さん。ビストロらしい、寛いで楽しめるサービスを提供してくれる。

 店名のプティ・ヴェルドーとは、主役になることはないけれど、名脇役として一流ワインを引き立てるような葡萄の品種名である。まさにこの店の姿勢ですね、と言ったら、
「いえ、面倒臭かったから、昔ここにあったビストロの名前をそのまま使ってるだけなんです」
 そのゆるい感じに僕はすっかりノックアウトされてしまった。

 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 
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