築地、魚河岸、旬ばなし 第56回

桜マスに桜鯛、桜エビ……河岸もまた花盛り

 
 
文/福地享子

イラスト/坂木浩子

 
 

 花よりだんご。
 落語『長屋の花見』では、たくあんを卵焼き、大根の漬物をかまぼこにみたて、お酒ならぬ渋茶を手に、お茶か盛りとあいなる。
 長屋のご一行がまねた江戸セレブの花見弁当は、さてどんなであったろう。
 太平のお江戸は今と変わらぬグルメの時代、料理本もいっぱい出版された。江戸後期に入っての一冊『料理早指南・花船集』には、おりおりに携えていく重詰めのレシピが綴られており、そこに花見弁当もみえる。花見のほかに、おりおりというと「下屋敷(別荘)へ行く重詰」とか「船遊の重詰」とか。ま、庶民には遠い世界、江戸セレブのための優雅な事例がつらつら並んでいるという本だ。
 ゆえに花見弁当も、御殿女中もかくやの仕立てである。容器は塗りの提げ重で、一の重をあけると、ホラあった、かまぼこに卵焼き。とはいえ、卵焼きは「かすてら玉子」なるもので、すりおろした山芋を合わせたカステラもどき。かまぼこは、魚のすり身に鮑のキモをすり混ぜた「わたかまほこ」なるもの。長屋のご連中には、想像つかぬ凝りようである。
 ほかには、アララ、「むつ子」も。親勝りの別名がある黒ムツは、身より卵が珍重される。卵を持つのは春であり、そんな珍味にも抜かりがない。アユが河を遡上するころとあっては「若鮎の塩焼」なぞも。二の重の「桜鯛の早鮨」は、酢で締めたマダイだろう。三の重はヒラメやサヨリのお造りだ。
 こうしてそれぞれのお重は、旬の海の幸をベースに、早蕨(さわらび)、嫁菜(よめな)、土筆(つくし)など里山の幸を配して、まるで一幅の絵をみるようだ。
 さて、私ならどうしようぞ、なに作ろ。
 河岸では、若い衆は半袖姿で汗流す日々となり、店頭には桜と名のつく魚が目にとまる。ならば桜尽くしでまいりましょうか。
 筆頭にあげたいのは、桜マス。目方は1~2キロ。背は銀をまぶした薄墨桜といったところで、身を割れば緋色とまっこと美しい魚である。真マス、本マスなどと呼ぶ地もあるが、桜の時期を味のピークとすることでついた桜マスが標準和名だ。脂がのっており焼いてもうまいが、一押しはマリネでしょうか。生は寄生虫の心配があるので、さく取りして塩をして一晩、冷凍庫へ(ルイベにするわけ)。ガチンガチンに凍ったものをタマネギやセロリの薄切り、イタリアンパセリでおおい、ヴィネガーとオリーブ油をかけて丸一日冷蔵庫で自然解凍。食感はしっとり、香味野菜の香りがのり、えもいわれぬ味となる。
 おっと、ふくれっ面のマダイ。そうそう、アンタも、今の時期、桜鯛と呼ばれてるんだっけ。そして、産卵を前にした今の時期がおいしいと。でも、本音をいうと、産卵の少し前、厳寒期のほうがもっと美味。筆頭にすべきか、ちょっと迷ったわけ。
 それならと、マダイを横目で睨んでいるのは花鯛さん。マダイのそっくりさんで、標準和名はチダイ。マダイに代わり、桜の時期から夏に向けてが旬で、花鯛の別称がある。
 ここは両者をたてまして、桜鯛(マダイ)は桜の葉に包んで桜蒸し、花鯛(チダイ)は尾頭つきの塩焼きといきましょうか。
 エビへと移れば、静岡県駿河湾からの桜エビ。禁漁明けの4月には、生での入荷がある。この生の桜エビで作るXO醤ときたら、エビの香りとうまみが凝縮したすごいものだが、私の腕ではチト無理か。さっとゆでてポン酢で、いや、そら豆とのかき揚げか。
 タコは、イイダコが旬まっさかり。イイがむっちり詰まったその姿は、まるでマンガに出てくる火星人。このお姿のまま、醤油やみりん、それに淡口醤油ほんの少しで炊けば、愛嬌たっぷりの桜煮だ。はい、江戸の昔から、煮ダコは桜煮と呼ばれることになっておる。
 桜マスのマリネ、桜鯛の桜蒸し、尾頭つきの花鯛、桜エビのかき揚げ、イイダコの桜煮。
 ジイサマの土蔵からくすねてきた桜散らしの提げ重のほこりを払えば、役者はそろった。
 桜、さくら、どこ行こか。




[今月の魚]
 北海道や三陸方面からの生ニシンの入荷がめだつ。ことに春も深まって入荷してくるこぶりのものは、小骨の処理も簡単で、寿司ダネに大人気。ニシン特有のえぐみなどまったくなく、初めて食べたひとは「エェーッ、ニシン?」と、決まって驚く。イワシをちょっと上品にした味わいで、身は締まり、かなりいけますぜ。
 
 
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