小山薫堂の「一食入魂」 第82回
赤福本店の並びにズラリ揃った魅力的な店の数々。
伊勢の「おかげ横丁」は食のはしご天国であった
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡

男は、お伊勢参りに出かけ、沢庵に蒲鉾、コロッケと串揚げ、
牛丼や伊勢うどん、さらには、みたらしだんご、ぜんざいまで
"食のはしご"を満喫したのであった。
×月××日

銀座の「アルマー二/リストランテ」でYさんの誕生日をお祝いする。その空間デザインはもちろん、食器からカトラリーにいたるまで、ジョルジオ・アルマー二本人のこだわりが詰まっているらしい。
実はこういう内装に凝り過ぎたレストランは、個人的に苦手だ。料理を空間の雰囲気に合わせようとするあまり、見た目重視の奇抜な皿になる場合が多いからだ。しかし、ここは違っていた。スタイリッシュな内装でありながら、地に足のついた料理。盛り付けは現代的だが、きちんとマンマの味がする。ジョルジオ・アルマー二が薦めるというGAマークのついた料理を頼んだら、どれも好みが一致していた。特に良かったのは、厚切りで提供するミラノ風カツレツ。薄いのが
ミラノ風かと思っていたら、厚切りも悪くない。仔牛のフィレ肉を使っている点も、ちょっとヘルシーな気がして嬉しい。
料理を監修しているのは、エンリコ・デルフリンガー氏。値段も思ったほど高くないので、勇気を出して一度はアルマーニタワーに登ってみる価値はある。
×月××日
「食のはしご」が好きだ。なるだけ多くの店をはしごするため、理想を言つなら一軒一皿ペースで回りたいと思うのだが、そういうワガママを歓迎してくれる料理店は少ない。以前、ビストロでスープを味わったあと、イタリア料理店でパスタを食べ、焼き肉屋でカルビを焼き、〆にワインバーでオムライスを注文したことがあったが、店の調整が大変だった。
そんなことを友人のH氏に話したところ、「それならお伊勢参りに行こう!」と誘われた。事情をよく飲み込めないまま、伊勢まで出かけることにする。
土曜日の夜、まず名古屋で一泊。名古屋の食通に紹介された「花いち」に行く。住宅街の一角にある看板のないカウンター割烹。店主の仕事場は、明らかに昭和の家庭の台所ながら、はんぺんさえも注文を受けてから作り始めるという姿勢に感激する。こんなに丁寧に料理を作る店は、東京でも滅多に見かけない。おそらく今年を振り返ったとき、この店の料理は間違いなく印象に残った一皿に入るだろう。
翌朝、近鉄電車で伊勢まで出かけて、伊勢神宮の外宮と内宮を駆け足で回ったあと、H氏は「さぁ、いよいよここからが本番だよ」と叫んだ。H氏が案内してくれたのは、内宮の横にある「おかげ横丁」。あの赤福本店がある場所でもある。言うなれば、観光地によくありがちなお土産屋ストリート……ではなかった。テーマパーク風に江戸後期の街並みが再現されているものの、入っている店はどれもちゃんとした老舖ばかり。使い方次第で、食のはしご天国になるのである。
まずは店の奥が酒造場になっている日本一小さな造り酒屋「伊勢萬内宮前酒造場」で、沢庵をつまみつつできたての日本酒“おかげさま”をあおり、近くの出店で揚げたてのイカ蒲鉾と胡瓜の一本付けをかじる。これが始まりのゴングだった。松阪牛のコロッケと串焼き、新鮮なあわびの握りなど、一軒一品を食べ歩き、満を持して牛丼に挑む。その店は明治創業42年の肉屋「豚捨」。牛一筋ゆえにかつては豚を捨てていたという店名の由来が素敵だ。さらに「ふくすけ」で名物の伊勢うどんを堪能。デザートに、みたらしだんごを立ち食いし、「かじか屋」で横丁ぜんざいをいただいた。お土産に赤福を買おうと思ったのだが、長蛇の列で断念。まさか話題の赤福の周辺が、こんなことになっているとは知らなかった。
おかげ横丁には、食で町おこしをするヒントが詰まっているのではないだろうか。
×月××日
モダン・ファーニチャー「アルフレックスジャパン」の保科社長から食事に誘われる。保科さんと言えば、日本にまだちゃぶ台文化が残っていた昭和40年代、イタリア家具の輸入を始めた人である。40年以上も日本とイタリアを行き来してきたのだから、きっとイタリアンレストランを選んでくるに違いない。イタリア通が選ぶ店は果たしてどこなのか? 誘われた先は……意外にも、東京のイタリア料理の老舗「キャンティ」だった。
今の東京には、本場で修業した料理人が厨房に立っている店がたくさんある。イタリア人シェフが腕を振るう店も少なくない。職業柄、大抵のイタリアンレストランは食べ歩いたが、保科さんはやっぱりキャンティに行き着くらしい。
その一番の理由は、創業当時の味と雰囲気を、料理人と従業員が一丸となって守り続けているから。時代に踊らされない店の頑固さが、いかにもイタリアらしいと保科さんは言う。食材に手を抜かない点も魅力の一つだ。
「おそらくここは、東京で最も原価率の高いレストランの一つでしょう」
と保科さん。食材をごまかさない姿勢は、一流の和食店の精神に通じるものがある。
二週間に一度、三十数年間にわたって通い続けてきた保科さんは
「なぜ、食事の日を今日(金曜日)にしたか、分かりますか?」
と謎かけをしてきた。答えはブイヤベース。金曜の夜だけ提供されるブイヤベースは、常連たちの定番メニューである。その存在は知っていたものの、今まで頼んだことはなかった。
そして、その伝説のブイヤベースが運ばれてきた。見るからに濃厚なスープ。ムール貝の殻や伊勢海老の爪など見かけを派手にする演出はない。しっかり身の詰まった伊勢海老と大正海老が静かに沈んでいるだけだ。スプーンで一口すくい、味わってみる。その瞬間、ガツンとやられた。あまりの旨さに驚いた。あらゆる旨味が凝縮されていながら、決してそれは難解ではない。きっと誰もが素直に「おいしい」と言える贅沢なスープ。よく冷やしたガヴィ・ディ・ガヴィを飲みながら、熱々のブイヤベースを食べる……それはもう、至福の時間であった。なぜこれを今まで注文しなかったのか、非常に悔やまれる。
中にはあえて土曜日に訪れ、残ったブイヤベースでリゾットを注文する常連もいるらしい。次はどの金曜日に予約を入れようか、早速、手帳を開いた。
「アルマー二/リストランテ」
東京都中央区銀座5-5-4 アルマーニタワー10階 TEL.03-6274-7005
「花いち」
愛知県名古屋市西区児玉2-4-13 TEL.052-524-2876
「キャンティ」
東京都港区麻布台3-1-7 TEL.03-3583-7546
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