築地、魚河岸、旬ばなし 第54回

国産の貝が減っている中、
大健闘の天然ホタテは今が旨い

 
 

福地享子 = 文
坂木浩子 = イラスト

 
 

 1年を通して入荷が絶えることないホタテ貝だが、もっともおいしいシーズンを教えてくれたのは、トミさんだ。2年前、定年を機に河岸を去ったが、仲卸で 働いている日々、いつも仁王立ちになってホタテ貝の殻をむいていた。貝むき包丁で、シャキンと小気味いい音させて殻を開けては、赤子のほっぺのような象牙 色のつややかな貝柱を取り出す。鬼のようなスピードだった。周囲には、ホタテ貝が入った発泡スチロール箱の山。その様子は、仲間から声をかけられ、仕事が 中断されるのをおそれているかのよう。ホタテ貝と一人向き合うための城壁。仲間と交わることをしない、河岸には珍しいタイプだった。
 あれは2月、10年以上も前のことなので、どんなきっかけでトミさんとお喋りを始めたかは思い出せないが、私の手のひらに二つのホタテ貝の柱をポイッと のっけてくれた。味を比べてみろ、と。私は、河岸の喧騒をはらいのけようと目を閉じ、一つずつ、ゆっくり口にした。ツルリと冷たい感触が舌をなで、かむう ちに、柔らかな甘味が広がっていく。しかし、微妙に二つの味わいは異なっていた。一つはホタテ貝特有の柔らかさではあるが、心地いい歯触りがあり、飲み込 んだあと、ふくよかな余韻が続いた。それに比べると、もう一つの味は、薄っぺらい。
 トミさんは、腕を組み、私の様子を睨むように見ていたが、食感と余韻が残るほうがおいしいと伝えると、パッと笑みが広がった。あっけにとられるほどの満面の笑み。
「だろう、野付けの天然だ。もう一つは宮城の養殖だ」
 それだけ言い放つと、もう用はすんだとばかり、せわしなく殻むきを始めるのだった。
 あのとき以来、私のホタテ貝のシーズンは、北海道野付産の天然モノが入荷する冬から春という線引きができてしまった。
 野付のホタテ貝のおいしい理由は、数年後、トミさんのツテで、根室湾に面したその地からホタテ貝の漁船に乗る機会を得て、知った。漁場となる海は、国後 島を目の前にしたロシアとの領海線すれすれの場。春先にはアムール川に端を発した流氷が流れ込み、その流氷が運ぶ栄養が、ホタテ貝のうまさを育てる、と漁 師さんが誇らしげに語ってくれた。
 港に揚がったホタテ貝は、加工場で殻をむかれ、パックに並べられると、トラック便や航空便で築地市場へと運ばれる。もちろん、殻付きでも出荷される。
 野付だけではない。流通が発達し、各産地から、生のホタテ貝が大量に築地へと入荷している。しかし、実はこれ、近年になってのことだ。
「ホタテといえば、ダンゴと呼んでたな。殻をむいたものをボイルして、串に刺して河岸には入ってたからな」
 昔を知るひとから、そう聞いた。
 生の殻付きのホタテ貝が築地に入荷しだしたのは、1970年代の終わりころ。売れた発端は、当時、大流行していた炉端焼きの店からだ。炉端焼きといって も、30代以下のひとには、ピンとこないだろうなぁ。東北をイメージした田舎風の造りで、大きな炉があって、絣(かすり)の着物を着た女性が魚介類や野菜 を焼いてくれるといった感じ。今やフレンチやイタリアン、はたまた寿司ネタとして、お洒落系の食材であるホタテ貝だが、東京でのスタートはローカル色豊か な場だったのだ。



 そして今、国産の貝の生産量は激減しているが、唯一、健闘しているのがホタテ貝。世界的にみても、生産量トップは中国にゆずるが、中国産はオール養殖。 2位につけている日本産の半分以上は天然だ。天然モノだけでみると、日本は堂々のトップ。輸出もさかんで、アメリカやフランスが得意先国だ。
 2月。トミさんによる二つの貝柱の食べ比べは、あれからも恒例行事のように続いた。今は一人で。しかし、あのシャキンという殻をむく小気味いい音と満面の笑みはなく、それがおおいに物足りないのだけど。




[今月の旬]
シャコがおいしいのも、春先から。瀬戸内地方では、おやつに生きたままをゆ で、殻をむきながら食べたそうだが、今はどうなのだろうか。香川県や岡山県から、ゆでただけのシャコが入荷している。岡山産など、経木の箱におさまり、高 級感たっぷり。一尾で50円以上。ゆでたての味は、甘味があり、食感もよく、それは美味。また殻付きのシャコは、イタリアンの材料としても人気。


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ホタテ貝は寒い海に育つ。産地は、養殖が盛んな宮城県、岩手県、青森県などの東北地方。天然モノが主流の北海道は、道南の噴火湾、道東の根室海域、北端の オホーツク海沿岸など。漁期が異なるので、年間を通しての供給が可能だし、国内産だけで自給可能なのだ。

 
 
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