小山薫堂の一食入魂 [80]

九州男児のようなガツンと来る辛味の後に旨味が。
天草で密かにつくられている幻の調味料に唸った

 
 
人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の軌跡
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男は、すっかり赤身肉の虜になり、ニューヨークでも
神戸でも東京でもステーキの旨さに唸りつつ、
赤身肉ブームの到来を予感したのであった。
 
 
小山薫堂 = 文・撮影村上安一 = 題字
 
 

×月××日

「男子厨房に入る」を略してダンチュウ。それに倣い、男子着物を羽織る会……略してダンキモを結成してから、今年で4年目に突入した。そんなダンキモの冬の会合を開く。毎回、うまい料理と着物を絡めた企画を考えるのだが、今回は僕が幹事となり、サプライズグルメツアーを敢行することにした。

 参加者には、朝6時に羽田に集合し、翌朝8時半に羽田で解散、という情報しか伝えない。どこに何を食べに行くかは当日のお楽しみなのである。

 かくして、着物の似合う8人の食いしん坊が早朝の空港に集まった。最初の目的地は福岡である。まず長浜屋台街に直行し、本場のとんこつラーメンを朝食代わりに食す。小腹を満たしたところで、大急ぎで福岡空港に戻り、小型プロペラ機に乗り込んで僕の故郷である天草へ。福岡から天草まで、およそ30分の短い空の旅。朝6時に羽田にいた男たちは、10時の時点でイルカウォッチングに歓声をあげていた。

 船から降りたら、今回のツアーの最初の目玉である天草一の名店「奴寿司」へ向かう。店の主人、村上安一さんが握るのはもちろん地元で獲れた魚ばかり。普通、こういう新鮮な魚が手に入る田舎の寿司屋は、食材の良さに溺れて仕事を忘れがちだが、ここは違う。イカにこっそりウニを忍ばせて甘味を演出したり、魚に合わせて山葵の代わりに柚子胡椒を使ったり、獲れたての新鮮な鯛を数日間寝かせて熟成させたり、と全ての寿司に小技を利かせているのだ。特に素晴らしかったのは、ガーリックチップを挟んだ太刀魚の炙り寿司。寿司とニンニクの相性がこんなにいいとは目から鱗であった。

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一泊二日弾丸着物ツアーを敢行した「ダンキモ」の面々。中央は天草市長の安田公寛さん。

 そして驚いたのがその値段。生ビールと焼酎を飲み、極上の寿司を動けなくなるくらい(たぶん25個くらい)つまんで、何と一人5000円ちょっと。また飛行機に乗ってでも食べに来たいと全員が口を揃えたくらい、満足度は高かった。

 さて、次の夕食まで7時間ほどある。最も必要なのは、腹を空かすことなので、海を一望するリゾートホテル「アレグリアガーデンズ天草」へ。そこの日帰り露天風呂「ペルラの湯舟」につかってしばしの休息をとったあと、天草の教会をめぐり、夕方、僕たちは再び天草エアラインに飛び乗った。福岡空港で乗り換え、そのまま大阪へ。伊丹空港に着いたらタクシーを拾い、一路、西へ向かった。ランチは天草だが、ディナーは神戸なのである。

 選んだ店は、僕がすっかり虜になっている神戸「あら皮」。東の二郎(すきやばし次郎)は寿司を握るが、西の二郎は肉を焼く。77歳の肉焼き職人の手による三田牛の極上ステーキに、着物姿の男たちは悶絶した。

 ラーメンと寿司とステーキで、全員、オナカはパンパンである。太鼓腹になった男たちは、朝よりも確実に着物が似合っていた。

×月××日

 熊本に住んでいる友人が、妙な土産を持って来た。プラスチックの大きな醤油容器に入った怪しげな粉末。そこには「シゲキたかちゃん」という見るからに手作りのラベルが貼ってある。持って来た友人によれば「今、仲間内で大ブームになっている辛味調味料」らしい。辛いもの好きの自分としては、放っておけない。早速、耳かき一杯ほどの量を手に取り、舐めてみた。その瞬間……いかにも九州男児のようなガツンと来る辛味に襲われ、それから少し遅れて、何とも言えない旨味が口の中に広がった。な、なんだ、この調味料は! この旨味はタダモノではない! これまで味わったどの辛味調味料よりも、辛くて旨いのである。

 早速調べてみたところ、奇しくもこれまた天草産。上天草市に住む荒川さんというご夫婦が作っていた。そもそも荒川家のおじいちゃんが自分で食べるために作っていた調味料だったが、あまりの旨さに近所で評判になり、「売って欲しい」というリクエストから商品化に踏み切ったのだとか。と言っても、荒川さんの本業は電機関係。自宅で鷹の爪を栽培し、土曜日と日曜日に夫婦で地道に作っているのだという。

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鷹の爪だけでつくったとは思えないほど辛くて旨味が深い。生産量が少ないのが残念だ。

 その材料は意外にも鷹の爪だけ、だった。自宅で収穫Lた鷹の爪を濡れたタオルで丁寧に拭き、天日で乾かしたあと、荒川さんが職を生かして自作した乾燥機にかける。それを粉末にして完成。たったそれだけの単純な工程で、なぜこんなに旨い辛味調味料が出来るのか、謎である。

 たった一ふりで味が俄然引き締まる。一味や七味の代わりに鍋物に使ってもよし、ラー油の代わりに餃子に使ってもよし。タバスコの代わりにピザにかけても抜群に良かった。

 一つ残念なのは、この「シゲキたかちゃん」の生産量があまりにも少なすぎるということ。幻の調味料として話題になるのは時間の問題かと思われる。

×月××日

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霜降リ至上主義に真っ向から立ち向かっている「ポーターハウス ステークス」のステーキ。

 アルゼンチンで衝撃的な赤身肉のステーキに出会って以来、すっかり肉癖がついてしまった。「あら皮」のステーキのために神戸まで足を運び、ニューヨークへ行ったら「ピータールーガー・ステーキハウス」を最優先にしたスケジュールを組む。東京にもああいう旨い赤身肉を食べさせてくれる店があればいいのに……と思っていたら、知らない間に理想のステーキを食べさせる店が出来ていた。最近の霜降り至上主義に真っ向から立ち向かっている「ポーターハウス ステークス」である。

 ここでは、厳選した国産牛をおよそ40日間低温乾燥熟成させた、ドライエイジドビーフという肉を使っている。特殊な熟成によって、繊維質の赤身肉が柔らかくなり、さらにアミノ酸などの旨味成分を引き出すことができるらしい。明らかにニューヨークの潮流を意識した店作りではあるが、本場のそれを上回るくらいに旨い。

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ニューヨークの「ピータールーガー・ステーキハウス」のステーキ。赤身肉の旨さがたっぷり。

 驚くのはその量。ヒレは最低210gから、サーロインに至っては何と480gからのオーダーとなる。炭で焼かれたドライエイジドビーフは、外はカリカリ、中はジューシー。溢れ出た肉汁は歯茎を伝い、脳に「旨い」のサインを送る。たとえ500gの塊でも、脂が少ないため、ペロリと平らげることができるのだ。

 店を出る時も、肉を食べた罪悪感は全くない。2008年は霜降り肉が徐々に敬遠され、こういう赤身肉の時代が来る……と直感した。


「奴寿司」 熊本県天草市東町76-2 TEL.0969-23-4055
「あら皮」 兵庫県神戸市中央区中山手通2-15-18 TEL.078-221-8547
「ポーターハウス ステークス」 東京都港区西麻布1-15-4 ファロ西麻布1階 TEL.03-5771-5788
 
 

 

小山薫堂さんのオフィシャルサイト「N35」はこちら!▼
 http://www.n35.co.jp

 
 

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